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2021-05-25-2

 「繧ェ繧、縲∵掠縺城幕縺代m縲」
 「蛻、縺」縺ヲ繧九?よ?帝ウエ繧九↑縲」
 「譌ゥ縺上@縺ェ縺?→菫コ縺セ縺ァ遐エ遐輔&繧後■縺セ縺?□繧阪?」
 「縺?縺」縺溘i縺雁燕縺後d縺」縺ヲ縺ソ繧阪?」
 「繧ゅ≧濶ッ縺?????縺代?∽ソコ縺後≧縺?∞縺√≠縺ゅ≠縺ゅ=縺√≠」
 廃材の暴風雨の直中で、電脳蠕虫ワーム傀儡かいらいと化したスペアノイド達が円陣を組み、逆関節に四肢を捻って痙攣している。リベラルアーツの専売特許、モラトリアムのヒステリーとは又、一味違う毛色の神経発作で狂奔する、木偶でくの坊達の空騒ぎ。何時もの様に、皆で御手々と御手々を繋いでイマジンやボブ・ディランを合唱しているのでは無いらしい。そんな文化祭の余興で世界の平和を守れると夢想している連中は、機族達の餌食になるだけだ。此のスペアノイドの酔宴は胸糞の悪い類感呪術にまみれている。然も其の座の中心に彼の馬鹿のアタッシュケースが鎮座しているのだから、何をか言わんや。鉄郎は漸く辿り着いた腐れ縁に痛快な吐き気を覚えた。奴に止めを刺すのは此の俺だ。彼の金蚉カナブンみてえなけつに此の鵲を撲ち込んでやる。
 鉄郎は玉せせりに群がるスペアノイドに照準を合わせた。然し、人差し指を添えた銃爪は冴え冴えと白けている。余所見でもしていやがるのか、将又はたまた、電池でも切れたのかと思っていると、アタッシュケースを奪い合い、何事か罵り合うスペアノイドの一人を無人の油圧ショベルが鷲掴み、イーグル破砕機に放り込んだ。超硬肉盛りされた死の爪に噛み砕かれて構内に響き渡る文字化けした断末魔。コンベアベルトに乗った其の斬骸が磁選機で合板の原料になるチップと振り分けられてシュートを潜り、バケットから溢れ床に山積みとなった鉄屑と合流して、スクラップの稜線を転げ落ちる。筈が、シュートから吐き出されてくるスペアノイドの斬骸は先を争って鉄屑の山に突撃し、其の中枢に潜り込んでいく。
 何処でそんな細かい芸を覚えたのか。スクラップの山に擬態化した巫術ふじゅつの生け贄に鉄郎は舌を巻き、物憂げに浮揚する合板事業から逸脱した悪趣味なリサイクルに照準をスライドした。粉々に砕かれた四肢を回収する鬼界の引力。恐らく十数体分は在るだろう。スペアノイドの斬骸が磁場の底に落ちたスペースデブリの様に中空で一塊りに凝結している。吹き荒ぶ大虬みづちの御乱心なぞ足元にも及ばぬ畏妖いよう瘴気しょうき。どうやら調伏ちょうぶくするのは此奴の方だ。流石に今度ばかりは鵲も喉を鳴らし、鉄郎をけしかける。こんな瓦落多がらくた形代かたしろの供物にかくまわれて、どんな御神体がまつられていやがるのか。出し惜しみする程の物なのかどうか。厨子ずしの奥から引き擦り降ろして確かめてやる。鉄郎は今にも飛び発とうと身を乗り出す流線型の霊銃に、一向ひたぶるに敏な神気を重ね、臨界に達した星のやじりに、機械仕掛けでは無い其の命を吹き込んだ。
 腰を落とし躰の芯で諸手に構えたハイグリップの反動が、肱から肩へ、胸郭から心の臓へと突き抜ける。蹴汰魂けたたましい光励起結晶の兇振。銃口から迸る鈷藍コバルトの条痕が唸りを上げ、スペアノイドの擂り身で練り固めた蜂の巣の土手っ腹を直撃し、其の風穴から燦爛する翡翠ひすいの稲光が視界を覆い尽くして目眩めくるめく。構内を席巻していた大虬みづち野分のわきが吹き飛ばされ、陥没した頭部、二の腕かふくはぎかも判らぬ斬骸が乱反射する凄絶な珀劇。戦士の銃が撃ち抜いた爆心を破邪顕正はじゃけんしょうの光背の如く輪転する降魔ごうまいか。其の放電の坩堝を翳した指の隙間から覗き見た鉄郎は、減衰し始めた光源の正体に絶句した。鵲の光弾を返り討ち極太のアークを全方位に放射する翡翠の宝玉。構内の騒乱を征する圧倒的な覇濤。そして、其の呪力すら霞む魔性の妍容けんよう。此奴はとんだ御開帳だ。鉄郎は探し求めていた物に出合えたと言うのに、込み上げる辟易を誤魔化す事が出来なかった。
 薄く紅を挿した陰りを知らぬ白磁の諸肌。羽を休めた鳳凰かと見紛う金色こんじき垂髪すいはつ。書聖の真筆の如き睫毛を霏霺たなびかせ、此の宇宙のどの天体よりもまばゆく儚い星眸せいぼう。蛾眉をくだ尖鼻せんびへ抜けるたおやかな梁線。唇紅しんくを零れる幽かな皓歯。そして何より、胸元で僅かに放電し続ける勾玉まがたまのネックレス以外、一糸纏わぬ絶世の旺裸おうら
 
    霍公鳥ほととぎす來鳴きなく五月さつき短夜みじかよ
      ひとりしれば明かしかねつも
 
 遅かったわね。」
 不敵な囁きを苦遊くゆらせてメーテルが散り散りの機塊を踏み分けて降りてくる。着ても婆娑羅ばさら、脱いでも婆娑羅。あやしうこそ物狂ほしけれ、とは此の事か。桜のはなびらの様な乳首が天を衝く、瑞々しい小振りの乳房。あでやかなしなを絡める両のかひな。小脇を伝い蜂腰を愛でる雅な旋律。有らゆる理性を跪かせ、崇拝の域に達した蠱惑こわく痩脚そうきゃく。垂髪から覗く牝尻めじりの、仙骨に浮かんだ左右のえくぼ。切れ上がった小股に秘した独片ひとひらの花園。神話を彩る女神の様に、皇然と非現実のヌードを惜しみ無く曝け出す謎の女。美しいとは此の馬鹿にのみ許された固有形容詞なのか。狂乱の渦中に自ら飛び込み、掠り傷処か顔色一つ変えず、純粋培養された妖肢を欲しい儘にする不滅の幽女。鉄郎は改めて、こんな出鱈目な女の為に身を粉にしている己の境遇に悄然とした。そして、此の騒ぎの総てが、裸賊のマネキンが仕組んだ自作自演ではないのかと、狐疑に傾いでいると、
 「何処で拾ったのか知らないけど、洒落た物を持ってるじゃないの。丁度良いわ。其れを使ってもう一仕事してもらおうかしら。」
 「もう一仕事?」
 「折角だから、此処の後片付けをしてから列車に戻りましょう。」
 「そうかい、なら精々、テメエの背中に気を付けるんだな。」
 恥じらう素振りの全く無いメーテルに気圧されて、鉄郎は戦士の銃を突き付けた儘、怒鳴り返した。誰の所為でこんな目に遭っているのか。片付けるのならお前が先だ。照星の先に獲物を睨み付け、無理を承知で鵲に訴える有りっ丈の殺意。然し、メーテルはそんな小兵の啖呵を純金にアップグレードした銀河の如き垂髪をひるがえして斬り捨て、其の豊かな錦糸で覆われた盆の窪に手を差し入れてコスメスティックを取り出すと、逆関節でスペアノイドが絡み付いているアタッシュケースに向かって光励起の撻刃たつじんを振り下ろし、返す刀で釣り込み引き寄せた。そして、宙を舞うコルドバの伯楽に肩口から真一文字に差し伸べたスティックの切っ先を突き付けると、メーテルが眼差す虚空に時の流れは窒息し、はりつけにされた放物線の直中で其の禁を解かれた鍵穴が、絡み付いたスペアノイドを引き千切って、堅牢不抜の封印を開け放つ。木粉に取り憑く物の怪のおそれていた、玉手箱の様に溢れ返る絢爛たる瑞光。天衣無縫に舞い上がる鮮風。金色の垂髪が帆を孕んで煌めき、仙山桃質の頬が紅潮して吊り上がると、メーテルは建屋の外を一瞥し、再び火勢を増し始めた湖面に柳眉を逆立て、アタッシュケースの白烈に滔々とうとうと天意を問い質した。
 
 
   戊辰ぼしんぼくして、雪う。
         だくなるか。
        ここに雨ふらざるは、
           帝はこれいふたたりするか。
              不若ふだくなるか
 
  畏迫漲る声調律動。風雲星辰に言問ひ、雨の有情に訴える宇気比うけひの陶然とした呪誦じゅしょう吐胸とむねに轟く神代の調べに鉄郎は慄然とした。神薙かみなぐ者にのみ許された失禁寸前の半壊した美貌。あられも無い裸身をたぎる、巫祝ふしゅくの血統に粟立つ鳥肌。毎朝、あばら屋の壁の隙間から覗いた恍惚の隻影が、今、其処に居る。倒木に一輪の花を咲かせ、沙漠に潮騒を呼び寄せる奇蹟の所業。天変地異をミリ単位、秒単位で予知する異能の羅針。母の面影を、生き写しを超えた、燃え盛る霊験。不毛の大地に、荒ら屋の土間に、灌木の小枝で書き付けた不穏な甲骨文字の羅列が在り在りと甦る。
 「お前は誰だ。」
 力無く銃の構えを解き、鉄郎は彼の時と同じ声にら無い言葉が喉に支えて、唯、母から受け継ぐ血が騒いだ。滅ぼされた祖霊も恩讐おんしゅうを超えて駆け付け奉仕するいにしへ祭祀さいし。其の吉凶成否を言祝ことほぎ、俄に掻き曇る祥雲。の筈が、
 業火を諫める恵みの慈雨が駆け付ける処か、行き成り、架台の柱に掴まっていないと立っていられぬ直下型の激震が建屋を襲い、荒れ狂う湖面の彼方で、鉄筋コンクリートの団塊同士が激突する地響きが轟いた。捨て身の巨人が殴り込むが如き、粉骨砕身の衝撃。岩盤が軋みを上げ渓谷が傾ぐ其の驚天動地に、鉄郎は直感した。追い詰められた木粉の狐憑きが、瀕死のダムの堤体に分断されたプラントの躯体を死に物狂いで叩き込んでいる。此の儘では拙い。と焦る間も無く、崖崩れと津波の抱き合わせが運命の扉を抉じ開けた。此の世の終わりを告げる未曾有の大怨鐘だいおんじょう。ダムの底が抜けたかの如き水位の急転直下に躰が宙を舞い、上流に突き飛ばされた窓外の景色が、問答無用で押し流されていく。
 「余計な事してんじゃねえよ。此の疫病神。」
 宙に浮いたアタッシュケースに片手を突いて平然としているメーテルに向かって、鉄郎はH鋼の柱に獅噛憑しがみついてバウンドしながら喚き散らした。決壊したダムの堤体を突破して、木粉の土石流に呑まれ下流へと雪崩落ちる怒濤の強制連行。嵌合体キメラ御戯群おたわむれなぞ比では無い。。川伝いに密集する総ての事物を瞬殺で泥濘ぬかるみの闇に葬る天魔の暴虐。此の勢いではおみな四阿あづまやなぞ一足飛びで轢き潰して終う。こんな鶏ガラみたいなストリップと破れかぶれの逃避行なんてしてる場合じゃ無い。然し、立ち上がる事すら儘ならぬ此の激流の直中で一体、何をどうすれば良いのか。為す術の無い鉄郎は手の皺と一体化した鵲のグリップを額に押し当て、一心に拝み倒した。すると、
 「あらあら、困ったわねえ。山と海しか無い星だから、今日は早仕舞いにしようと思っていたのに、此なら始めから下請けの星掃業者に任せれば良かったわ。」
 此の一大事に、風呂上がりのバスタオルが見付からぬとでも言ったていへそを曲げる、パンツの穴から産み落とされた様なやさぐれヴィーナス。つい先までの真に迫ったうけひの祷命とうみょうは何だったのか。余りの言い草に耳を疑っていると、慎みの欠片も無い溜め息を小鼻に引っ掛けてアタッシュケースに向き直り、今一度、巫祝ふしゅくの血統を焚き付けた
 
     戊辰ぼしんぼくして、雪う。
        帝はそれいふへしめんか
 
 氏族と地霊を断絶し、都邑とゆうの滅亡を言挙げる最後通牒。其の前に上奏した小火ぼやの後始末とはことの強度が違う。人身供犠の戦慄に逆立つ金色こんじきの垂髪。蜘蛛の巣の様なプラズマに羽交い締めにされ宙空で絶頂するメーテル。アタッシュケースの放射する光束が屈曲して、甲骨文字の彫哭ちょうこくかたどり、飴色に燻る其の烙印が、堰を切って荒ぶる激流を全身写経の如くに覆い尽くして、灼き尽くす。打ちっ放しの躯体に撲ち込まれていたベースのメカニカルアンカーが吹っ飛び、H鋼を抱き枕に転げ回っていた鉄郎は、高台に逃れたは良い物の最早此までと追い込まれた其の刹那、母が人柱を名乗り出、波間に没した途端、立ち所に潮の退いた津波の猛追が甦った。
 粉塵爆発を振り翳す事さえ許さぬ甲骨の呪縛に身悶え、見る間に混濁する氾濫の勢い。張り巡らされた卜辞ぼくじに蝕まれ、螻蟻潰堤ろうぎかいてい竹篦返しっぺがえしを喰らった土石流は、矢も盾も堪らず建屋の躯体を放棄して逆走し始め、担ぎ手の逃げた御輿は失速し川縁の木立に突っ込んで座礁した。
 「遣れば出来んじゃねえかよ、洗濯板。始めっから気合い入れて念じやがれ。」
 古儀の奇蹟を罵りながら鉄郎が建屋から飛び出すと、置き去りにした残骸と入れ違いに、岩漿マグマが覗く亀裂の様な刻辞を引き擦って、木粉のさざなみが上流へと退避していく。こんな木屑の騒霊に帰る場所なんて在るのか。此処で止めを刺さないと、又後で何を仕返すか判ら無い。然し、深追いをした藪の中で、虎の尾を踏みでもしたら。等と、下種げすの浅知恵を弄していると、木粉の引き潮が突如、旋毛つむじそばだてて例の鎌首を絞り出し、虫の息で喘ぐ大虬みづちの化身が群がる甲骨の烙印を振り解く様に其の逆鱗を振り乱した。最後の足掻あがきに色めくよこしまな大気。唐突な気圧の急降下に鼓膜が痺れ、形振り構わぬ上昇気流に、原生林の梢が浮き足立つ。陣風をまとよろめきながら身を伸ばす蜷局とぐろの尖端が、地獄に垂らした蜘蛛の糸を伝う様に虚空をじ登り始めた。積乱雲も漏斗ろうと雲もない蒼穹そうきゅうに巻き上がる木粉の磁吹雪。蛇腹に鞭打つ螺旋の悶絶が、猛烈な膂力りりょくで吊り上げられていく。虹蜺こうげいの霊獣が天空の住処すみかへ還るとか、そんな御上品な代物じゃ無い。真逆、此の星から高飛びする気なのか。猖獗しょうけつを究めた騒乱の末路を茫然と見上げ立ち尽くす鉄郎。其の手の中で息を潜める鵲が、背後から歩み寄る跫音あしおとに脊髄反射し、振り返ると其処に奴が居た。
 「人工太陽を足掛かりにして圏外にエスケープする気よ。苦し紛れにしても芸が無いわね
 
 
   むささびは木末こぬれ求むとあしひきの
       山の猟夫さつおにあひにけるかも
 
 
 介錯かいしゃくを執って上げるのがせめてもの情けよ。」
 アタッシュケースを提げて現れたメーテルは、憔悴した面差しで足許がふらつき、其の労わしい様が又一際、高慢な裸体を艶やかに彩っている。余程の消耗なのだろう。何時もの憎まれ口に歯切れも無ければ、毒も足り無い。血の気の失せた頬に見開かれた星眸だけが炯々けいけいと瞬き、おおとりの巣の様な乱れ髪を掻き上げて、メーテルは物憂げに呟いた。
 「遣って御終い。」
 其の一言で鵲の目方とグリップの握りが一回り増し、猛禽の鉤爪が鉄郎の心の臓を鷲掴む。見上げれば、他人事の様に照り付ける人工太陽の白けた睥睨へいげい。死に物狂いで蜘蛛の糸を手繰る大虬みづちの醜末。鉄郎は戦士の銃を最上段に掲げ、血気に逸る銃爪諸共、呵責無き天の仕打ちに指を弾いた。銃口から踵を突き抜け、コンクリートの躯体を穿うがつ反動の鉄槌。擦過した黒耀こくえうの矢羽に人工太陽が掻き曇り、脳圧と眼圧で弾けそうな瞳が闇に呑まれると、日蝕のとばりに伏した天津地あまつちを不滅の皇輝が晶破する。銃口からそびえ立つ鳳雷の金輪で束ねた心御柱しんのみばしら。其れ迄の銃撃を遠い日の花火へと追い遣る武力を超えた光弾が、天幕を降ろされ、行き場を失った蛇淫の乱気龍を撃ち砕く。光と熱と音の境界が霧散し、新しい天体が産み落ちたかと見紛う程の波動が錯爛する。
 天の頂き目掛けて突き上げた銃身を蠢くダマスカスの渦文かもんが激しく共振し、其の質量を増しながら鉄郎の肩、腰、膝にし掛かり、心の臓を鷲掴む鵲の鉤爪が喰い込んで、鉄郎は息を継ぐ事すら儘なら無い。此の威力は生身で支え切れる限界を超えていくのではないのか。此の一撃に全身全霊を捧げろとでも言うのか。俺を人柱にする気か。確変した戦士の銃が叩き出す渾身の負荷に、鉄郎は押し潰され、精気を奪われ、身の危険を超えた恐怖から逃れる事すら出来ずにいると、鎌首を討ち獲られ暗天に燃え盛る大虬みづちの化身の後を追って、其の紅蓮地獄に、垈打のたうち回っていた木粉の瀧昇りが地上から引き擦り込まれ始めた。対流する煤煙が雷雲を喚び、ドス黒い雲底から稲光と灰の雨が降り注ぎ、鉄郎の頬に弾ける一粒の墨の礫。芋蔓式に終息していく竜頭蛇尾を見届けて、銃口から昇天する量子の御柱が厳かに減衰していく。たけり立つ銃身が不図ふと、宙に浮き上がって弛緩し、銃爪に巻き込まれていた指がほどけると、振り翳していた両腕が膝元まで瓦解し、握力を失った掌を擦り抜けた戦士の銃が、足許のコンクリートを叩いて撥ねた。
 其れ迄の迫撃と脅迫が無かったかの如くひそやかに横たわる黒耀の彗翼。操る者の命にも拘わる此の銃の本性を鉄郎は垣間見て終った。嫗の息子も此の銃の魔力に呑まれて終ったのかも知れない。然し、男が一度旅に出て手振らで帰る事なぞ出来ようか。糊付けされた未洗いのデニムの様に硬直した背筋を屈めて戦士の銃を拾い上げ、鉄郎は今一度、降り注ぐ煤雨に顔をしかめながら天地の逆転した劫火の煉獄を仰ぎ見た。星を超えて猛威を揮う未知の災禍と、其れを一撃で調伏する鵲の怪力乱神。此が宇宙と言う物なのか。駆け出しの主人公には荷が重い、余りに劇的な冒険譚の一ページを夢遊病の様に漂う鉄郎。すると、
 「何をぼんやりしてるの。駅に戻るわよ。もう、此の星に用は無いわ。」
 傘代わりにアタッシュケースを頭に載せたメーテルが、白檀のヴェールをひるがへして鉄郎の脇を通り過ぎ、建屋の隅に追い遣られているジェットホバーの元に歩いていく。
 「俺のNSRに触るんじゃねえ。オイ、聞こえてんのか、オマエだよオマエ、其処の76のAカップ。金蚉カナブンみてえなケツしやがって。フルチンでウロウロしてんじゃねえよ。」
 景気の良い啖呵たんかとは裏腹に、鉄郎は脚が震えて直ぐには動けなかった。腰に手を当て膝の皿に何かが挟まっている様な歩き方でメーテルの後を追うと、垂髪から見え隠れする仙骨に浮かんだえくぼが、ジェットホバーの運転席を跨ぎながら淑やかに微笑んだ。
 「神輿はね自分で歩いちゃ駄目なのよ。
 
 
 
 西日を背にした上流のドス黒い雷雲に眼を細め、嫗が桟橋のボラードに腰を下ろしている。逢魔おうまが時を迎えて暮れなずせせらぎ。原生林の放埒な住民も鳴りを潜め、葉陰に潜んでいた蛍のともがらが、一つ又一つと其の身を点し始めた。清流と戯れる科戸しなと微風そよかぜが、亜熱帯の鬱蒼とした大気を澄み渡る夜気に塗り替え、初夏の白昼夢が真夏の夜の夢へとうつろい、張り詰めていた総ての物がなだらかに解晶していく。苫の屋から岸辺に降りていく飛び石の脇で、不躾ぶしつけ咀嚼そしゃくと放屁を繰り返している有機発酵原動機付き騾馬らば。其の二頭が同時に藪の中に突っ込んでいた首を引き抜いて耳をそばだてた。
 「おやおや、最近の若いのは凄い格好でデートするんだね。」
 夕闇の葦簀よしずを潜り滑走するジェットホバーに、全裸で箱乗りのメーテルを見付けて快哉かいさいを挙げる嫗。誇らしげにドリフトを決めて桟橋に横付けした鉄郎は、帰りを待っていてくれる存在と、其の期待に応えた充足で顔が綻びそうになるのを必死で堪えた。
 「随分と派手に遣つた様だね。此の星は農業が盛んだつた頃の地球みたいに、慢性的に二酸化炭素が足り無いからね。化石燃料も無尽蔵に湧き出てこ無いし、燃える物なら借用書でも卒塔婆でも、何でも灰にしてくれた方が良いんだよ。其れにしても、随分と良い眺めだね。」
 鉄郎の投げた係留ロープをボラードに縛りながら、嫗がメーテルの露わな乳房に眼を遣ると、鉄郎は膝を庇いながら桟橋に降り、ガンベルトを外しながら顎をしゃくった。
 「嗚呼、洗濯板の押し売りになった気分だぜ。こんな売れ残りで良かったら、婆さんの処で使ってやってくれよ。」
 「未だそんな口を叩く元気があるんだねえ。女の心と体つてのは男に揉まれて大きくなつていくんだよ。今、着る物を持つてくるからね。一寸待つてな。」
 「婆さん、此のノーブラ馬鹿の事なら気を遣う事ねえぜ。こんな扁平足みたいな胸、誉めて伸びるタイプかよ。恥ずかしくて隠すような代物じゃねえんだから、タオルでも巻いてりゃ良いのさ。そんな事より、有り難う、婆さん。流石に其処等の豆鉄砲とは物が違ったぜ。」
 「鉄郎、其れはもう、御前さんの物だよ。」
 嫗に自分の名を呼ばれ、鉄郎は生まれて初めて小さな何かを成し遂げた様な気がした。佳い男に成って還ってこい。茶掛けに踊る雄渾の三文字と己の名前が、今、寸分違わず重なり合う。
 「ジャケットも其の儘、着て行きな。此の旅を終へる頃には丈が短くなつてるだらうから、折り返して戻つて来るやうなら内に寄りな。袖と着丈を直して上げるよ。」
 新しい息子を眩しそうに見詰める其の眼差しに、鉄郎は胸が支え、唯、黙って頷いた。
 「息子が帰つてくるのは略略ほぼほぼ諦めてるけどね。鉄郎が又、此処に戻つてくるつて言ふのなら、もう少し此の躰の儘、頑張つてゐやうかね。鉄郎、其処の騾馬に乗つて行きな。此の子達は自分で戻つてこれるから、駅に乗り捨てた儘で構は無いよ。」
 嫗の厚意に甘えてメーテルは浴衣を羽織り、二人で騾馬の荷車に乗り込むと、鉄郎は戦士の銃を取り出して、黒耀に蠢く流線型の渦文かもんを繁々と見詰めた。
 「婆さん、此の銃は中々大したタマだぜ。人や物事を引き付ける力が有る。此奴を持って旅をすれば、其の内、婆さんの息子の消息にも突き当たる様な気がするぜ。どうせ場末のコロニーか何処かでゴロゴロしてるんだろう。見付けたら首に縄を掛けて連れてきてやるよ。」
 「さうかい。其れは有り難うよ。でも、無理をするんぢや無いよ。」
 「へっ、人の事を心配する前に、精々養生してやがれ。」
 湿っぽいのが苦手な鉄郎は、込み上げてくる熱い物を払い除けようと、派手に鞭を振り降ろした。然し、驢馬二頭はなまくらに放屁を返すだけで一歩も動か無い。まるで、下手に旅を続けるより、此の星に留まった方が良いのではないのかと、無法の宇宙で天寿を全うするのは並大抵の事では無いだろうと、もう一人の鉄郎の声を代弁するかの様に、悠然と尻尾を振ってとぼけている。確かに、地球と較べたら此の星は天国だ。上手く遣っていける処か左団扇で御釣りが来る。だが、鉄郎は気付いて終った。安らぎよりも素晴らしい物に。機畜の分際で少し気の利いた事をする厚い尻の皮を、最後の未練を断ち切る様に蹴り飛ばし、必ず又此処に還ってくる事を、鉄郎は今一度、高らかに誓った。
 「達者でな。」
 血相を変えて駆け出した騾馬のいななきに、岸辺の叢にとどまっていた明滅が一斉に飛び立つと、夜空の星々と交わる蛍火を仰ぎ、嫗はみと独りごちた。
 
 
    行く螢雲の上までぬべくは 
       秋風吹くと雁にげこせ
 
 
 星の原野を鉄路でかけ郎子いらつこ。良く付けたもんだよ。其の名を授かつた其の時から、宇宙を旅する運命だつたのかも知れないね。運命なんて絵空事、口にするのもやわな話しだけど、生身の躰で命を運ぶ総ての所業は、旅に通じて、彷徨さまよひ続ける物なのかも知れ無いね。」
 
 
 
 「御苦労さん。」
 駅前に到着し、荷馬車から降りた鉄郎が騾馬の尻を平手で叩くと、放屁に身構える鉄郎に長い睫毛の垂れ下がる潤んだ瞳で何事か訴えながら、騾馬は気怠けだるひづめを返し木立の中に消えていった。先に降りた浴衣を着流しのメーテルは、改札の中で待っていた車掌に浴室のあつらえを言い付けてアタッシュケースを渡し、独りホームを歩いている。鉄郎はウォバッシュスのベストからパスを取り出して木粉を払うと、其処に記名されている自分の名前が何時もより少し大きく見えた。地球のメガロポリスステーションでは恐る恐る差し出した乗車券を、今、胸を張って車掌に手渡す星野鉄郎が其処に居る。
 「御帰りなさいませ、鉄郎様。」
 拝借した乗車券を確認した後の車掌の愚直な最敬礼が、何時もと違い、業務上の堅苦しい作法を越えて迫る物が有り、其の照れ臭さを誤魔化す様に鉄郎は話を切り出した。
 「実はさあ、車掌さんに借りた銃、色々と在ってさあ、無くしちまったんだ。」
 「何を仰有います、鉄郎様。気で気を病む事は御座いません。メーテル様と鉄郎様がこうして無事戻って来られたのですから、其れが何より。抑も初めから、彼の銃に弾は籠められておりません。」
 「何だって。其れじゃあ何の意味も無いじゃないか。いざって言う時の為に渡したんじゃ無いのかよ。」
 「では鉄郎様、銃に弾が込められてい無いからと言って、総てを銃の所為にするのですか。そんな事では先が思い遣られます。弾が入っていようといまいと、為すべき事を為す。唯、其れだけの事。物事が上手く行かないのを道具の所為にしたければ、棺桶の中ですれば良いのです。誰の迷惑にも為りません。鉄郎様は現に今、素晴らしい銃を御持ちでいらっしゃる。其れが総てを物語っております。此もひとえに鉄郎様の智徳の為せる業で御座いましょう。天が人に大任を与えようとする時、先ず其の心を苦しめ、其の筋骨をさいなみ、飢えを知らせ、歩むべき道を迷わせる。斯くして、天は人の心を刺激し、性質を鍛え、其の非力を補うので御座います。御帰りなさいませ、鉄郎様。良くぞ御無事で。」
 まるで事の一部始終を見届けていたかの様に、目深に被った制帽のつばから覗く、暗黒瓦斯ガスの相貌に点ったつぶらな瞳が、嘘偽りの無い敬意で瞬き、車掌は改めて腰を屈曲した。何処の御客様でも無く、999の乗客で在る事の矜持が鉄郎の中で小さく綻び、一時の休息を求めて歩き始める。夏虫の一足早い閑吟かんぎんに包まれたホーム。列を成すスハ43系の客車の先には、主動力を断ち、黄濁した照明の水底みなそこに不貞不貞しい恰幅のボイラーを横たえて黒鉄の魔神が沈潜している。鉄郎は三号車から乗り込むと、迷う事無く元居た席に腰を下ろした。対面の空席ははなだ色のモケットが擦り切れ、弱竹なよたけしなを記憶して落ち窪んでいる。見れば見る程、知れば知る程、理解から遠退く喪装の麗人。傍若無人な振る舞いも事乍ことながら、占卜せんぼくの古儀を操り巫戦ふせんを征した鬼籍の所業。母の面影を越え、其の天性までをも生き写す此の稀人まれびとは一体何者なのか。謎の答えに思索の菌糸を伸ばし辿ろうとするのだが、鉄郎の瞼は虚ろに揺蕩たゆたひ、重厚な背摺せすりに身を沈め車窓の木枠に小首をもたれた。
 鉛の様な節々を包み込むモケットの滑らかな起毛ににじみ出す、今日一日の激動の記憶と琥珀色の疲労。打ち寄せるさざなみまにまに浸睡し、999が定刻通りに発車した事すら気付けず、鉄郎は再び星の人と為る。
 
 
   夕息抱影寐   夕べにいこひては  影をいだいて
   朝徂銜思往   あしたきては  思ひをふくんで
 
 
 傾いだ心に爪を立てていた脱進機が弾け、とこしへの緑青ろくしやうに固着していた輪列が息を吹き返す。神の司る天文時計が徐に其の右筆クロノグラフを揮い始めた。在りし日の地球をも凌ぐ紺碧の成層圏を離脱し、系外を目指す無限軌道。高圧水蒸気で膨発寸前に怒張したボイラー。猪首いくび突管とっかんが逆立てる雷雲の如き爆煙。弐百萬コスモ馬力を誇る大動輪の剛脚がシリンダードレインの放咳ほうがいむせび、前照灯のちりばめるカクテル光線が星々と競い合う。疾黒の鯨背に率いられて光矢をぎる幻の十一輌編成。縹色のモケットと堅調なドラフトが織りなす時の揺り駕籠にいだかれて、鉄郎は亜熱帯の峡谷に再び分け入り、嫗の元を目指す夢を見る。一刻千金をちりばめた、玉響たまゆらの出会いと別れの閃きを、駆けるは鋼顔の超特急。萬感の想ひを乘せて汽笛は鳴る。
 
 
   星遠煙埋行客跡  星遠くして 煙 行客かうかくの跡をうづ
   閒寒風破旅人夢  はざま寒うして 風 旅人りよじんの夢を破る
 
 
 未智みち晦冥くわいめいに待ち受けし、畸想天葢きさうてんがい豈圖あにはからんや。銀爛無窮の巡禮譚じゆんれいたんいまだ麓の壱里塚。漂蕩流落へうたうりうらく次次じじ活劇の末に辿り鉄郞てつらうの運命、果たして相成るや如何いかに。其れは次囘じくわい講釋かうしやくで。

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