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2018-01-01-2

 その日、朝一で運動公園内のスタジアムに到着すると、未だ開門していない入場ゲートから少し離れた、木製のベンチとテーブルに屋根を設えたテラス風の簡易休憩所で、中年の夫婦が何やら世話しげに準備をしていた。近付いて身を寄せ合う二人の肩越しに覗き込むと、広げられた3m×1m程の白い布地の上に、不揃いな絵や文字が踊っていた。
 
  頑張れ女学館
 
 鉛丹色の極太のゴシック体と、その周りにちりばめられたクラブマスコットの猿。インクジェットプリンターで出力してからアイロンで圧着した転写シートの台紙を、不器用に二人は剥がしていた。一体、何時間前からやっているのか。剥がし損ねて手足がもげる猿とゴシックの輪郭。俺の存在に全く気付かず、真っ新な布地に額を擦り付ける様にしてひざまづき、無言で台紙を爪で掻いている二人の丸めた背中が、魂の救済を乞うエルサレムの礼拝と重なり、沈黙を守り続ける神の加護を信じ、勝利への祈りを捧げている様に見えた。試合当日、会場前で横断幕を作るのは珍しい事じゃない。Jの試合ともなれば、サポーター有志が集まって、ガチャガチャと賑やかに遣っているのを、其処彼処そこかしこで眼にする。だが目の前で布地にすがる二人の姿は全く別物だった。作業とか言う行為を越えていた。台紙を掻くかすかな音が、聖句を暗唱するつぶやきの様に、開門前の静寂に染み渡る。滅私に透徹した想いの結晶が、女子サッカーと女学館の押し込められた糞みたいな暗室に、ほのかな光を灯していた。
 初めて人とは何者かを見た気がした。人とは眼を合わせずに擦れ違う影の群れではなかった。その崇高な儚さに俺は逡巡たじろぎ、覚束おぼつぬ手付きが差し伸べる尊さに魅入られた。選手の両親である事は間違いない。恐らくアイロンの圧着は昨日自宅でした筈だ。それも夜遅くまで。初めて作る横断幕で勝手がまるで判らず、朝早くから現場に駆け付け、最後の仕上げに掛かっているのだろうが、今日のキックオフは11:30だ。果たして間に合うのか。入場ゲートの前ではクラブスタッフが開門の準備を始めている。俺は時計に眼を遣るのが怖かった。そこへ不意に、俺の二の足を押し退けて誰かが声を掛けてきた。
 「手伝いましょうか。」
 俺は唖然あぜんとした。周りを見ても誰もいない。何故なら声の主は俺だった。二人を見下ろしていた筈の俺は、何時の間にか片膝を地に着けていた。
 「これ剥がせば良いんでしょ。」
 いきなり割って入ってきた無粋なやからに二人は戸惑いつつも、手を止めている場合でもなく、
 「お願い出来ますか。」
 奥さんが四つん這いのままで、土下座する様に頭を下げた。品のある丸顔に切れ長の瞳。
 「しかして、湯元のお母さんですか?」
 ピンと来て左SBの名前を口にすると、
 「何で判んの。」
 甲高くパンチの効いた中にも、ふくよかな丸みを帯びたイントネーションに、切れ長の瞳が弾けた。その後はもうせきを切った様に思いの丈がほとばしり、関西のオバはんのペースに呑み込まれていく。
 「ホンマにすみませんなあ。こんなん作んの初めてやさかい。何かもう、とっちらかってもうて、みっともないねんけど、何時来てもな、誰も応援してくれる人がいいひんから、せめて横断幕だけでもと思て、こしらえてみたんやけど、もう全然あまきせんわ。」
 新卒入社で半年程大阪勤務に回された事のある俺にとって、関西弁は戸惑いしかない新生活を更に混乱させた最悪の言語だった。馴れ馴れしい中にもキレが有る福岡の言葉に対して、こっちが用件を言い終わってもベタベタと纏わり付き、便所まで付いてくる様な関西の言い回しは、人生最初のカルチャーショックで、今の仕事先でも、関西から乗り付けてくる長距離トラックの運ちゃんは、不躾ぶしつけな言動で何やかやと難癖を付けた挙げ句、最後は何時も「おおきに。」の一言で有耶無耶うやむやにし、大阪で暮らした頃の印象に泥を塗り重ねて走り去っていく。
 それが、湯元のママの口を介すると、まるで違った。それは裏も表もない裸の言葉だった。誰も応援してくれる人がいないと、手元に眼を落としたままカラリと言ってのける、市松人形の様に健気な横顔。飾りのない心から湯水の様に溢れ出る朴訥ぼくとつとした包容力。人を恐れずズケズケと本音をぶつけてくるのは、人を信じて疑わぬ証だった。
 「今日はここで、内とこと大阪の試合の後すぐに、京都と入間の試合みたいやから。仰山見に来てくれたらええねんけど。お兄さんは今日何処どこの応援で来はりましたん。」
 「まあ、俺は一応、出身が福岡何ですけど。」
 俺がそこで口籠もると、湯元ママは二の句を待たずに、晴れ晴れとした顔を上げ、悔悟かいごで支えた俺の胸の内を何のてらいもなく撃ち抜いた。
 「ほな、福岡から応援に来てくれはったん。ホンマおおきに。」
 俺は返す言葉がなかった。いや、俺は返す言葉以前に、元々言葉と言う物を持ち合わせてなかった。言葉は心だった。相槌の一つすら返せず、湯元ママの応援という言葉に串刺しにされ、俺は取り込むのを忘れた洗濯物の様に、ほがらかな微風になぶられた。
 「今日はホラ、長居の方でもJ2の福岡と大阪で試合しはる言うんでね、夕方の試合やから、その前にちょっとでもね、福岡のサポーターの人達にこっちに足運んでもろてね、同じ福岡やさかい内とこ応援してくれたらなあ思うてんけど、娘に電話でその話ししたら、ここから長居まで結構あるさかい、長居の方のキックオフ間に合お思たら、試合半分しか見られへん言われて、矢っ張りあれですのん、お兄さんも試合全部は見てかれへんの?」
 「そうっスね。前半だけ見てって感じですね。」
 俺はもう自分の言葉を制御出来なくなっていた。福岡のスケジュールも、J2のカレンダーもここ数年チェックした事すらない。手伝うと言い出したかと思ったら、今度は前半で上がると口走る。次に自分の口から何が飛び出すか判らない。
 「嗚呼ああ、せやねんなあ。」
 湯元ママの甲高い声は張りを失い、切れ長のキリリとした眼差しがくすんで指先に零れた。そして、台紙を剥がしながら静かに娘の事を話し始めた。今の仕事先の事から、以前所属していたレイズでリーグ優勝した事、東京の体育大学に送り出した時の事、陽に灼けて真っ黒になる迄ボールを追い掛けた夏休みの事、初めて試合のユニフォームに袖を通した時の事、一日も欠かした事のない練習の送り迎えの事、初めてサッカーボールを買って上げた時の事、サッカーを遣りたいと言い出した時の事を、取り留めもなく話し続けた。娘とサッカーを巡る想い出を何度も何度も噛み締める様に。一言一言が心に寄り添っていた。娘に寄り添っていた。サッカーの遠征で娘が地元に帰ってくる。どれ程心待ちにしたのだろう。正座してカレンダーを見上げる、市松人形の様な湯元ママの姿が眼に浮かぶ。
 何故、俺は女学館の試合を見に来たと言えないのか。何故、福岡出身に「一応」と付け足さなければいけないのか。応援という言葉に怯え、自分でも何を口走り、何を守りたいのか判らない。有りのままの心で娘を想う湯元ママの、繭の糸をほぐす様に手厚い随想。特別な言葉は何もない母の言葉に触れただけで、個を偽装するための盾でしかない俺の言葉はズタズタになっていた。声にすらならない相槌を打ちながら、俺は積年の妄執を掻き分ける様に、布地を埋め尽くす台紙を剥がし続けた。心のおりに爪を立て、無我夢中で掻き毟った。
 キックオフ30分前に何とか台紙を剥がし終わると、横断幕を広げて持ったまま、湯元夫妻と俺の三人で一列に並んで入場し、アウェイ側のスタンドのフェンスに紐で固定した。近くで見ると襤褸ぼろぎだが、遠目にはさらのキャンヴァスに鮮烈な鉛丹のゴシックが図太く決起し、凱風がいふう飛檄ひげきひるがえった。他にも湯元ママは一人では抱え切れぬ程の紙袋を持ってきていて、中を見ると重箱や菓子折が詰まっていた。娘やチームメイトへのお土産だという。それも一緒に運び込むと、丁度選手達がピッチ上のアップを終えて戻ってくる処だった。湯元ママが慌てて紙袋を持ってスタンド脇の階段からピッチへと降り、その後をパパが追った。スタンドの下から甲高い声が飛ぶ。
 「オカン、作り過ぎやで。」
 ガイドブックの選手紹介に載っている、陽に灼けて真っ黒な以外、湯元ママと生き写しの顔が脳裏を過ぎる。半ば喧嘩腰の甲高い声の遣り取り。それと入れ替わる様にホーム側のスタンドで鳴り響いていた、ドラムとコールが仮仕舞いした。
 アウェイ側の隅に座っていても直ぐに判る、怒髪天を突く紺碧のたてがみ。横断幕を張り巡らし、自作のマッチデーを配布し、マレットをふるって雄叫びを上げる、オールインワンの単独応援で、ホームアウェイの隔てなく大阪の全試合に参戦する、猛者もさと呼ぶに相応しい、豪毅ごうきに傑出した現場の鬼が、今日もホーム側のスタンドに君臨していた。AGと呼ばれているのを知っている位で、その由来はおろか、面識なんて当然無い。と言うより、スタンドの隅に滅している俺なんて、向こうからしたら路傍ろぼうの石にまぶした砂粒みたいな物だ。人と擦れ違うのを良しとしていた俺ですら、視界の外に押しやる事の出来ぬ、真っ青に染め上げた逆髪さかがみと反骨心剥き出しの面構え。関東で開催される女子の代表戦にも皆勤し、なでしこサポの中核を担う、浪速の碧獅子あおじしを一度でも見たら、瞼の裏まで蒼くなる。これから始まる生き残りを賭けた90分。大阪が負けると一部昇格の望みが消え、逆に引き分け以上で女学館を昇格レースから完全に蹴落とす事が出来る。否が応でも力の入る試合だ。ホーム側スタンドの最前列にそびえ立つ蒼い逆髪は、爆裂するその時を待っている。
 糞ッ、りにって今日の試合が大阪とは。これから繰り広げられるであろう、ホームチームとアウェイチームの残酷なコントラスト。俺はその明と暗を中和しようと頭の中で攪拌かくはんし、在る訳のない排水溝に総て押し流そうとした。しかし、掻き混ぜれば掻き混ぜる程、その惨めな格差は貪婪どんらんに泡立って膨れ上がり、頭骨を圧迫して軋みを上げる。キックオフまで5分を切った。京都対入間が第二試合に組まれている事もあり、百人にも満たないとは言え、普段の倍の観客が訪れている。湯元ママの行った通りだ。しかし、それは飽くまでホーム側の話しで、アウェイ側は閑散としている。本の数人オレンジのユニを着て座ってる輩が居るが、試合後選手に絡むのが目的の落人風情で、工事現場のカラーコーンを並べてた方が余っ程賑やかだ。
 頭の中がまとまらぬ内に、FIFAのアンセムが流れ始めた。蒼き血の滲む渾身のドラムが、ホーム側スタンドの打ちっ放しのコンクリートに響き渡る。たった独りの雄叫びとドラムが物の一発でスタンドを支配した。俺は震えていた。何故こんな処に来てしまったのか。何をどうして良いのか判らない俺は、藁にも縋る思いで脇に置いていたペットボトルに手を掛けた。しかし、中のお茶を飲もうにも、握力の抜けた指先がキャップの側面に刻まれた滑り止めの溝をめ、無意味でぎこちない動作を繰り返すだけだった。スタンドの下から現れた選手達が、陸上トラックに敷かれた花道の上を、二列になって真っ直ぐにピッチへと歩いていく。無風だった。アウェイスタンドに吹く風はなかった。TVや映画のヒーローの様にピンチを救う颯爽さっそうとした疾風。そんな作り話とは無縁の世界に怯え、俺は震えていた。碧獅子の激情に土足で蹂躙される、沈黙のアウェイスタンド。陽に灼けて色褪せたスッカスカのベンチシートが、白茶けた無力感に冒されていく。俺は雑巾を絞る様してにペットボトルを抱きすくめ、震えているだけだった。ピッチに横一列に整列する選手達。彼女達の眼にこの二極化したスタンドの光景はどう映っているのか。俺はその視線と正対出来ずに眼を背けた。そして、眼を背けたその先で、湯元ママがアンセムに合わせて懸命に手拍子をしていた。一瞬、震えが和らいだ。
 気が付くと俺は転写シートの横断幕の前に、ペットボトルを持って立っていた。写真撮影を終えて選手達が散らばっていくピッチ、陸上トラックを挟んだバックスタンドの芝生席、更にその向こうでスタジアムを取り囲む鬱蒼とした木立。それまで漫然と視界を埋め尽くしていただけの全景が今、気が遠くなるほど無謀で広大な空間に豹変し、ちっぽけな俺の前に立ちはだかっていた。逃げ場なんて何処にもない。俺が足許にペットボトルを置いて深呼吸をすると、過緊張で喉が締め付けられ、横隔膜が引きった。
 意を決してへその下に力を入れると、いきなり声が裏返った。最悪だった。全身の毛穴が粟立あわだって、氷結した恥辱が波を打って吹き出し、気力が腰を折って、決意が一瞬にして半壊した。真っ白になった頭の中を、寝惚けまなこ咀嚼そしゃくする乳牛の唾液の様に、赤錆あかさび色の後悔がだらしなく垂れ堕ちてくる。逃げ出したくても、膝から下が見えないヘドロに絡み取られて靴底の感覚を失い、最早もはや、自分の足ではなかった。躊躇ためらいは死を意味する。殺到する恐怖を、憎悪の炉心に叩き込み、その上に更なる恐怖をブチ撒けて火を放った。絶望は爆発だ。俺は頭上に挙げた両手を打ち鳴らし、出鱈目でたらめな怒りに任せて福岡のコールを喚き散らした。
 陸上トラックに設置されたベンチの中から、女学館の控えの選手やトレーナーが振り返る。眼を合わせたら駄目だ。湯元夫妻の視線を背後に痛い程感じる。振り向いては駄目だ。正気に戻ったら負けだ。本の微かなほころびで、無謀な衝動の一切が崩壊する。この苦痛はそれを上回る激痛を浴びせて麻痺させるしかない。俺は見様見真似で福岡のコールを怒鳴り続けた。応援なんて初めてだ。それも独りで。何一つ判らない。瞬く間に喉がれ、掲げた両腕に乳酸が溜まって、首筋から頬、耳の裏が灼熱し、冷や汗とい交ぜの体液が、鉄砲水の様に額や背中、脇腹を駆け下りていく。それでも止める訳にはいかない。京都か入間かは判らないが、第二試合を待つサポが遣って来て、ドラムを貸そうかと言ってきた。
 「引っ込んでろ。」
 俺は国境無き医師団を水平掃射するテロリストの様に、その間抜け面を罵倒した。善悪なんて関係ない。俺が今乗っているのは、アクセルを弛めたらエンストする盗難車だ。そもそも、叩いた事のないドラムなんて、どうやって扱って良いのかも判らない。俺はそのまま地声と手拍子で、次から次へと量産される恐怖を、憤激の断末魔に変換し続けた。既に喉は潰れている。わずか数分でガッサガサにささくれた渾身の福岡コール。声帯の炎症は気管にまで類焼し、酷使した事のない喉頭筋こうとうきんは、地声とは違う悲鳴を上げている。かつてこれ程、声帯のひだに神経を意識を集中した事がない。それなのに、自分の喉から発しているのに自分の物とは思えない、ズダ襤褸の声。しかも、腹の底から振り絞って砲撃した途端、フェンスの先に広がる膨大な虚空に、余韻の欠片すら残せず吸い込まれ、ホーム側のスタンドから、蒼き雄叫びと絨毯爆撃の様なドラムの乱れ打ちが、容赦なく襲い掛かってくる。組織だって応援するのとは訳が違う。独りで、それも丸腰で応援するのでは、コール一つとっても全く手を抜く事が許されない。声が出ない時に誤魔化ごまかす余地が全くない。誰にも責任を押し付ける事が出来ないのだから、総ては自分に返ってくる。声が詰まり、掠れ、裏返る、その総てが裸でいるより筒抜けなのだ。チャントを歌っては駄目だ。手拍子を連続で打ちながら歌い続けるのは、コールと手拍子を交互に繰り返すのより倍疲れる。
 俺は不可逆的な喉の痛みに耐えかね、足許のペットボトルを手に取った。腕を降ろしただけで、肩から二の腕に掛けパンパンに張り詰めていた乳酸が一気に放流され、偽りの解放感から、もう二度と腕を上げたくない衝動に駆られる。感覚を取り戻した指先でキャップを剥ぎ取る様にひねり上げ、飲み口にシャブリ付くと、流氷が炸裂する飛沫のきらめきに全身が狂喜した。乾涸ひからびた舌尖ぜっせんから舌の根に突き刺さる、清涼な茶葉の苦味と甘味と旨味。喉の炎症した粘膜の襞を潤して染み渡りながら、食道を雪崩れ堕ちてきた氷河に、ぞうは切り裂かれ、水分を取り戻した細胞は、逃げ場を失っていた潜熱を、ここぞとばかりに汗腺から噴き出した。内股を伝う失禁の様に決壊した汗。しかし、恍惚こうこつに酔いれる事は許されない。俺は冷徹な視線に手足を縛られたマリオネットだ。お色直しの暇なんてない。
 俺は再び声を張り上げた。潤した筈の喉は瞬く間に掠れ、振り上げた腕に乳酸と重力が再び獅嚙憑しがみついてくる。振り出しに戻されて、た一から遣り直し。バックスタンド側の陸上トラックに置かれた、簡易スコアボードの時計が間接視野に入ってしまう。未だキックオフから10分と経ってない。前半終了までこの三倍以上の時間が残っている。ゾッとした。とてもじゃないが体力が保つ自信がない。だが、俺のコールに合わせて、湯元ママが手拍子をしているのが、背後から聞こえる。俺は吼えた。数珠繋じゅずつなぎの恐怖を断ち切って、押し潰された喉笛を怒号で引き裂いた。女学館が押されていると言う以外、試合展開もほぼ判らない。ただボールに競り合う選手の名前を、疎覚うろおぼえのまま連呼する。GKがセーブし、SBがボールをクリアし、FWが無茶振りなクロスに飛び込む度にコールした。知らぬ間に雨が降り始めていた。どれ位時間が経ったのか。後どれ位続けなければならないのか。スコアボードの残り時間を直視する勇気もなく、ペットボトルに口を付けると既に空だった。喉が潰れぬ様、腹から声を出し続けた所為せいで、腹筋と背筋に迄痛みが走り始める。早く前半が終わってくれ。それしか頭になかった。こんな物は応援でも何でもない。強くなっていく雨脚が投降しろ、転向してしまえと誘惑する。何もかもズブ濡れだった。見窄みすぼらしく打ちしおれ、限界に怯える心と体。それを女学館で最も大きな背番号が切り裂いた。センターサークル付近で生き残った最後の狼の様に相手ボールをカットし、そのまま味方のフォローすら振り切るドリブルでペナルティアークの前まで持ち運ぶと、寄せの甘いCB二人のど真ん中を、垂直にジャンプしたGKのグローブを、左インフロントで完璧に撃ち抜いた。反対サイドの遠いゴール。何の前触れもなく、ボールを奪い遠離とおざかっていった背番号23。この世界を構成する9番目の素数が、天と地を引っ繰り返した。前半31分、村里のゴールで先制。風は吹いた。それは突風だった。背筋を這い回っていた悪寒は一瞬で焼き尽された。破裂した化学プラントを駆け抜ける烈火の様に、熱狂は戦慄となって毛細血管の隅々にまで連鎖し、雄叫びと魂が渾然となって、俺の中でくすぶっていた不純物を浄火した。
 主審の長いホイッスルに痙攣の治まらない横隔膜が共鳴している。灼けた喉を湿らせたくても、舌が上顎に張り付いたまま、唾の一つも出てこない。降ろした腕は肩に引っ掛かっているだけで、壊疽えそしたも同然。雨は未だ降っていた。難破船から救助されたかの様にスブ濡れで襤褸々々の俺を、雨粒がしたり顔で慰める。先制ゴールの後の事は良く覚えていない。村里のコールを喚き散らした時点で、俺の精魂はほぼ完全燃焼していた。前半が終了した事に、ホッとする余力すらない。この後、残りの45分なんて想像だに出来ない。ロッカールームに引き上げてくる選手達。眼を合わせる事の出来ない俺は、敗者の背中をピッチに向けた。最後の仕事が待っている。囁くだけでも血の味がする喉を俺は振り絞った。
 「じゃあ、俺、これで失礼します。」
 それで精一杯だった。それ以上何も出てこなかった。湯元夫妻は席を立って、何度も何度も俺に頭を下げた。
 「ホンマ、おおきに、おおきにな。お兄さんの応援なかったら、あのゴールもなかった思うわ。ホンマ、おおきに。気を付けてな。」
 優しさが、感謝の言葉が錆び付いた鍵穴に射し込まれた。本のかすかに禁を解いた監獄の扉。俺はその隙間を狡猾に擦り抜ける濡れ鼠でしかなかった。別れを告げてスタンドの階段を踏み締める一歩一歩が、慚愧ざんきの茨にさいなまれた。入場ゲートを出て公園内のバス停に向かうと、自販機の脇の喫煙所で蒼い逆髪さかがみが一服していた。
 「何や帰るんか。」
 素通りした俺の背中に檄が飛ぶ。止まり掛けた足を強引に踏み出し、聞こえない振りをするしかなかった。「これから長居に行く。」等と言い返したら、それこそ吐いた唾を呑む事になる。
 俺はバスに乗り、京阪線、市営地下鉄と乗り継いで、長居に向かった。誰の為のアリバイなのかも判らぬまま、岩礁に打ち上げられた海藻の様にシートにへばり付き、壊滅的な疲労感で身動きの取れない俺の頭の中は、村里のゴラッソと、湯元夫妻のはんなりとした関西弁と、逆髪のくわえ煙草が、制御棒を引き抜いた圧力容器さながらに渦巻いていた。浮わの空を擦過する車窓の景色と京阪の駅名。バスに乗る前にキックオフした筈の後半は、淀屋橋で乗り換える前には終わっていた。無限地獄の前半45分がチョットしたランチタイムであったかの様な、アッと言う間の一時間半。汗と雨水をしとどに吸った、俺の罪をかくまう気のないぎぬに、体温と感情をジクジクと奪われながら、俺は長居に辿り着いた。地下道から地上に出ると雨は上がっていたが、その分、試合の方が土砂降りだった。女学院の後半45分を見捨てた報いとしか思えなかった。
 J1昇格に一縷いちるの望みを賭け、二万人を動員したホームチーム。関西という事もあり福岡からも多くのサポが参戦していた。スタジアムのある運動公園の周辺、コンコースの売店、イベントコーナー。久し振りのJの試合は、女子の二部を見てきた眼には、人と物で溢れ、試合が始まってもいないのに優勝した様な騒ぎだ。俺はその盛況を、玉手箱を開けてしまった浦島太郎の様に眺めていた。莫大なスタジアムの質量と造形。メインとバックを覆い被さる、無数の鉄骨で緻密に編み込まれた屋根と屋根。その区切られた雨の晴れ間を、千紫万紅せんしばんこう、無限の階調で喰らい尽くす、荘厳な西日。雨水を含んだピッチで煌めく華麗なパスサッカーと、咲き誇る桜のユニフォーム。夕闇に栄えるオーロラビジョンに刻まれた4:0のスコア。総ては玉手箱から立ち昇る淡い煙に見えた。
 糞みたいな試合だった。試合開始直後は、主審の笛を元気良く彌次やじっていた福岡のウルトラスも、破れた金魚掬いの様な守備で、3点目を決められると完全に沈黙。勝ちに行っているのか、来期に向けて選手を試しているのかすら判らない内容で、福岡は終戦した。試合後の挨拶に来た選手達に、スタンドから怒りの声すら挙がらず、そそくさと身支度を始める福岡サポのやつれた背中が、アウェイのゴール裏から拡散していく。俺は新幹線のダイヤを携帯で検索しようとポケットに手を突っ込んだ。すると、取り出そうとして誤って操作した液晶画面に、後半89分、女学院が追い付かれた事が、申し訳程度に表示されていた。
 帰りの新幹線、俺は車掌の怒号と殴打で眼を醒ました。車内の便所の中だった。何時用を足しに行ったのかすら覚えていない。それ程、呑んで、呑んで、呑み潰れていた。車掌に突き飛ばされる様にして東京駅のホームに降りると、敷き詰められた床のタイルに焦点が合わず、天井の梁が旋回していた。俺はホームに備え付けのゴミ箱に首を突っ込んだ。ガラッガラな喉を焦がす胃液の辛酸。読み捨てられたスポーツ紙と駅弁の容器が折り重なる懺悔室に、煌めく熱い吐瀉物を俺は暴き散らした。
 
 
 年が明けた。球春を迎え華やぐ運動公園の外周を、俺はドラムケースを抱えて、グズグズと周回していた。試合会場の陸上競技場は目と鼻の先だ。それなのにもう何周目か判らない。スタンドに足を踏み入れる勇気の無い俺は、新緑が囁き交わす木漏れ日の中で、切っ掛けを探し求め流離さすらっていた。ゴールデンウィークの初日。女学館対京都、13:00キックオフ。スタジアムが違うとは言え、奇しくもあの時と同じ京都での試合。当然、湯元夫妻も観戦に来るだろう。既に競技場は開門している。一旦入場したら、ドラムを脇に置いてシートに腰掛け、黙って試合を眺めているなんて出来る訳がない。新幹線の網棚にも入らない荷物を担いで、東京から来たのだ。やるしかない。頭ではそう言葉を組み立てるのだが、心と体がそんな片言の羅列を受け付けない。
 あの試合から数日後、リーグのホームページに、当日の試合写真が掲載されていた。ロスタイムの同点ゴールに歓喜の抱擁を交わす大阪の選手達をバックに、ピッチに崩れ落ちたGKの慟哭どうこくが轟く劇的な一齣ひとこま。今まで見てきたどのスポーツ写真とも決定的に違う迫真。絶対的当事者と言う原罪が、勝負の世界なら何処にでもに転がっている、在り来たりなコントラストだと、切り捨てる事を許さなかった。グローブの中に陥落したGKの横顔。フォーカスの外で弾ける大阪のセレブレーション。一枚のWEB写真の中で静止した天国と地獄。どんなに見詰め続けても、ピッチに平伏ひれふしたまま、決して立ち上がる事のないGK。
 あの日から、針も文字盤も振り子もない柱時計が俺に埋め込まれた。時を告げる事のない、記憶の彼方で永眠する沈黙の棺桶。一年前の静止画をぎる掠れた声と喉の痛み。心の隙間にじ込められたあの時の続きが、今、眼の前でスタジアムに向かって伸びている。遊歩道の白皙はくせきが瞳の奥で弾けた。何やってんだ俺。獲物は眼と鼻の先。今更迷いようがねえ。蒲魚振かまととぶってる場合かよ。俺はドラムケースのストラップを肩に掛け直した。頬を突く怒気の入り交じった笑み。待ち草臥くたびれていた決意がコマ送り出来ない静止画を蹴散らして、動き始めた針の指す入場ゲートへ、その一歩を踏み出した。
 受付のスタッフを皮切りに、漆黒のドラムケースはスタジアムで擦れ違う人々の視線を独占した。もう逃げられない。地球の自転を逆さにしたって、昨日には戻れない。スタンドのアウェイ側に歩いていくと、湯元夫妻が俺に気付いた。あの日から約半年ぶり。長いハーフタイムだった。
 「今日は五月蠅うるさいから帰れって言われても、帰らないッスからね。」
 ケースを開けてフロアタムを取り出すと、張り替えたばかりで傷一つ無いドラムヘッドを湯元夫妻は覗き込み、ダブルフィルムに映り込むその顔を輝かせた。ピッチ練習は既に始まっている。俺は雷雲から舞い降りた魔神の様に、スタンドの最前列に君臨した。今日は陸上トラックを挟んだピッチも、バックの芝生席も近くに見える。チューニングなら、スタジアムの外でまごついていた時に済ませてある。振るい上げたマレットが玻璃はり色の処女膜を突き破り、雄牛の様な身震いで黒塗りのシェルが唸りを上げる。うららかな休日の午後を刻む晴れやかな号砲。丹波高地の山並みに木霊こだまする春の音連おとづれ。左手のカンペで背番号を確認しながら、一人ずつ選手の名前をコールする。背後から援護する湯元夫妻の手拍子。シュート練習をしながら俺の事を指差す選手達。突然、京都の運営責任者とおぼしきオヤジが走ってきた。まさか鳴り物禁止かと思っていると、しかめた笑顔で息を切らしながら、
 「もっと、真ん中でやって下さい。真ん中で。ささッ、どうぞどうぞ、遠慮せずに。どうぞ真ん中で。」
 足軽あしがる風情の無頼ぶらいが高じて、大名気取りの無礼講ぶれいこう。据え膳にかんの銚子まで付いて、振るうマレットも軽くなる。絶景だった。相も変わらず閑散としたスタンド。しかし、心が変わると景色も変わった。何故もっと早く出会えなかったのか。一鼓一会いちこいちゑの手応えに血が沸き声が躍る。余りの有頂天に、二対一で格下相手に取り零した事さえ気付かなかった。
 試合後、荷物の片付けをしていると、湯元ママが恥ずかしそうに手提げの中から小さな人形を取り出した。
 「これ良かったら、何かに使こうて。」
 携帯のストラップ用にアップリケを貼り重ね、一針一針手縫いで仕上げたクラブマスコットの猿。サポーターグッズにまで手の回らないの物販の足しに、自分で考え作ったのだという。受け取った手の中で、真っ直ぐに俺を見詰めるオレンジ色の女猿。稚児のお守りの様な朴訥で懐かしい手触り。娘を想い内職する小さな丸い背中が、ガラガラに涸れた喉の奥底に灯をともうずくまる。携帯に人形を括り付けながら、俺はママに注文した。
 「来月十一日の大阪戦にも来んでしょ。だったら、後二つ作っといてもらえます。ドラムとバッグにも付けたいんで。」
 その日から総てが変わっていった。スタンドの最前列でマレットを振るい、怒発どはつするフロアタムに合わせて声を張る。たったそれだけで俺の周りに人が集まってきた。選手の御両親は元より、どの会場に行っても運営責任者の方から挨拶に現れ、全く面識のない相手チームのサポーターや観客から差し入れを貰い、誰彼と無く「お疲れ様でした。」と声を掛けられ、身支度を終えて帰ろうとすると、スタジアムのグラウンドキーパーが車で駅まで送ってくれる。試合を重ねる度に、5m×1mから、5m×3m、そして10m×2mへと大きくなっていった手書きの横断幕の様に、人の輪は広がり、必要とされ、慕われ、うやまわれ、人々が湛える憧れの眼差しが、俺を前へ前へと後押ししていく。憎しみが挫折した愛だと気付いた瞬間、たった独りで人類と永遠に戦い続ける、自分を甘やかしているだけの虚しいゲームは終わった。自分の人生が糞みたいにつまらなかったら、自分で創造すれば良い。サッカーで俺は生まれ変われる。そう思った。しかし、頂上だと信じ登っていくと、それは違う山だった。
 
 
 
 スタンドの微熱に予震が走る。艶情えんじょうを究める烈日のフォーヴィスムと、積乱雲が巻き起こす紫紺のキュビズムが色と形を失い暮れなずむ、夏の後仕舞い。揺蕩たゆたっていた観客の散漫な視線が、メインスタンドホーム側コーナーフラッグの脇に設けられた、西が丘の変則的な入場ゲートに前傾し、凝縮していく。GKコーチの後に続きレイズのGK二人がピッチに現れた。深紅のレプリカユニが婚姻色と攻撃色を血走らせて、重油の入り交じった赤潮の様にグツグツと発情する。総立ちで待ち構えるアウェイゴール裏を中心に立ち昇る、雷讃らいさんの拍手。焚き付けられてセンターラインを駆け抜けた二人の守護神が、タッチラインに沿って並び、先ずアウェイ側メインスタンドに一礼すると、くの字に倒した上半身を跳ね上げてゴール裏にダッシュする。普段ならここで選手を迎える煽りのドラムがロールする処だが、鳴り物はなしだ。それでもレイズの場合ゴール裏の頭数が余所とは桁が違う。千軍万馬の圧倒的な物量が声でスタジアムを支配する。数は力であり正義だ。導火線を伝う重低音のときの声が、使命と野心、重圧と矜持、畏怖と昂揚、焦眉と決意でみなぎるゴシックの背番号に鞭を入れる。赫き名門の守護天使、最後の砦を任された二人の早乙女さおとめがゴールラインに爪先を揃え、西日を浴びて立ち見席にそびえ立つ、赤熱と轟音の巌壁がんぺきと対峙する。深々と頭を下げ全身全霊の敬意をゴール裏に捧げると、藤井君の鬼気迫るリードが日常と理性を突破して、情熱が決壊する。赤銅の空に垂れ込めた粘着質の暑気を一掃する、怒号を帯びたコールの絨毯爆撃。その名を連呼され今一度頭を下げる第一GKに、更なる激励のコールが降り注ぐ。オーガナイズされた雄叫びと、火花を散らす手拍子に命を吹き込まれ、律動するスタジアム。都内の北の片隅で、公式収容人数7258人と謳っても、精々その半分の動員でパンパンになるサッカー小屋が一気に劇場化し、フェンスで仕切られた客席と舞台が、観客と演者が、その主客を逆転する。怒髪天をく音圧で今宵の主役に躍り出るゴール裏。声は力であり正義だ。ここでは声を出し続けている限り、誰もが雄々しき援軍の志士として燃え盛る事が出来る。役職も序列も階層も成績も業績も年収も時給も資産も債務も賞罰も納期も返済期限も学費も養育費も医療費も住宅ローンも飛灰ひはいし、世間によって仕分けされ、判で押された属性から解き放たれ、ストレスと劣等感によって打ちのめされたチンケな自分を焼却処分し、現代社会を超越する事が出来る。此処はノートルダムの奇蹟御殿だ。
 藤井君が利き腕を水平に伸ばしてゴール裏を制し、更なる号砲を撃ち放つ。紅蓮の音塊が第二GKのコールに切り替わると、エレーラのGKもピッチ練習に現れた。鳥肌の様に笹並さざなみ、総立ちになる常緑のレプリカユニ。レイズの鬼気迫るドスの利いたコールとは違う、歓喜を帯びた声援。流麗なパスサッカーで日本の女子サッカーを席巻し、牽引してきたクラブと合わせ鏡の様な、軽快で華のあるゴール裏。試合運営の手伝いが一段落付いたユースの選手達も合流し、先輩達にエールを送る変声期を終えてない黄色い声が飛び交う。パッと見、老若男女が思い思いに集い、程良くブレンドされたゴール裏が二つに割れている様にはとても思えないが、フェンス際の最前列でコールリードするイックンと、コンコース側最上段で声を張る鷲尾さんが、立ち見席の端と端でガッツリ距離を置いているのが遠目にも痛々しい。
 エレーラのGK二人がPAでキャッチングの練習を始めると、コーナーフラッグ脇の入場口から覗いた紅い影に、西が丘のレブカウンターがアイドリングからレッドゾーンに振り切れた。キャプテンの藤見を先頭にピッチに足を踏み入れるレイズのフィールドプレーヤー。真打ちの登場に色めくアウェイスタンドとは裏腹に、リーグ戦で残留争いに沈み、このカップ戦も既にグループリーグ敗退が決まって、監督が健康伺いを出した直後と言う事もあり、選手達の表情は硬く、応援に来た身内に手を振る処か、歯を見せて私語を交わす者すらいない。特に責任感の権化、キャプテンの藤見は、既に二三発殴られた様な形相で、足許を睨み付けながら歩いている。埼玉と北関東のサッカーエリートが集結し、しのぎを削るユースからの叩き上げと、毎年欠かす事無く入団する新卒有望株が列をなす紅き精鋭。試合前の緊張感とは異なる重苦しい大気を纏う選手達にとって、ゴール裏への挨拶は十字架を背負って登るゴルゴダの丘だ。スタンドにぎこちなく頭を下げた迷える子羊達の悲愴を吹き払うのか、はたまたいたづらに炙り立てるだけなのか、怒濤のコール・アンド・チャントが極点に達し、スタンディングジャンプがモルタルをぜる。一人一人の咆哮ほうこうと過呼吸が折り重なり、酸欠の坩堝るつぼと化したゴール裏のマトリクスに、鉄筋コンクリートで固めた西が丘の躯体くたいが、大蛇おろちの様に脈を打つ。アウェイスタンドを濁流する爆心。陥落寸前の西日が再び這い上がってきた様な灼熱の劇空間。
 そこに、この国の女子サッカーの源流と誰もが認めるクラブの翠玉すいぎょくが、平素な淡々とした足取りでピッチに現れた。現役のA代表とA代表経験者数人の後に続いて、ホーム側のゴールライン上に幼い少女達が並び始める。トップチームのユニフォームを着ていなければ、ボールスタッフを務めるのだと思われても仕方ない、中学生と見紛みまがう未発達な骨格。中には身長が150cmに満たない者すらいる、トップチームの半数を占めるユースと二重登録の選手達。もう見慣れた光景になってきたその陣容に、このクラブの抱える苦悩と、歴史に裏打ちされた底力が表裏をなしていた。
 女子サッカーのプロ化とグローバル化で拍車の掛かる、選手の海外移籍。その潮流に呑まれ最も割を食っているのが、自前で育て上げたワールドクラスの選手達をようし、他を圧倒してきたエレーラだった。移籍金ゼロで流出していく選手を引き留めようにも、親会社の撤退で兄貴分であるJチームの赤字を補填する為、ホームゲームまで地方開催にして切り売りしている台所事情ではとてもままならず、草刈り場と化したクラブは、主力の抜けた数だけユースの少女達をトップに引き上げ、その穴を埋め続けた。
 小兵と呼ぶにしても幼すぎる選手達が、ホームゴール裏への挨拶を終え、ピッチへと散っていく。グループリーグを首位で通過し、消化試合となった最終節。何の気負いもなく、圧倒的なアウェイゴール裏の声量を背に涼しい顔でパス練習を始めると、少女達の魔法の足首から繰り出される放物線の一筋々々が、日本の女子サッカーの未来を担う虹の架け橋を描き出していく。不遇の時代を乗り越え練り上げられたメソッドによって、底光りする程に研ぎ澄まされた、止める、蹴る、運ぶ技術。繊細で精緻なタッチが、放たれたパスを金糸のショートベールで包み込み、微睡ほほえむままにピッチに添えられた五号球は、魔法の足首に導かれ、再びこの星の重力から解き放たれていく。
 フットボールの総てがそこで完結していた。ボールの軌跡を追い、キックフォームをなぞっているだけで、眼が洗われる。クラブの理念と信念を黙々と反復する少女達。この国に男子のプロリーグすらなかった時代から紡ぎ続けてきた女王のタペストリー。技術やトレーニングを真似る事は出来ても、エレーラが費やした歳月を真似る事は出来ない。事実上の監督の辞任で混迷を極める、レイズの選手達の閉塞した硬いボール廻しに眼を移すと、メガクラブの紅き精鋭ですら、ちぐはぐな寄せ木細工に見えてくる。
 西日に透ける蜻蛉かげろうの様に、痩身の羽衣はごろもが流麗にひらめき、受け継がれた常緑の血潮が肌理きめの支脈に満ちていく。思春期の残り香をまとう襟足とは裏腹に、淀みなく行き交う老練なまでに洗練されたパス。静謐なステップの一つ一つが先人達の永い影を踏襲し、ペットボトルを取りに行く所作すら気高くまばゆい。スタメンの選手がほぼそのままA代表のスタメンだった数年前とは異質な凄味を放つこの学生チームは、女王の血統で貫かれた、エリートの中のエリートだ。筋金入りとはこのクラブにこそ相応しい。今は新興の神戸に水を開けられているが、少女達の体が出来上がった数年後には、陽は復た昇り、凱風に帆を張る事だろう。
 世界が違う。女学館と同じ競技をしているとは思えない。試合の勝ち負けに痺れる事はあっても、内の選手達のアップに痺れる事はない。何気ない仕草にすら刮目かつもくさせられるエレーラの高みに、特別な努力や秘策のないクラブが、追い付ける日が来るのだろうか。去年、降格が決まった後の残り二試合。リーグ戦勝ち星なしで終えるのを免れる為、走り込みだけのトレーニングで、走り勝つだけのサッカーをゴリ押しした内のクラブに、理念も信念も未来もなかった。エレーラのアップを見ていると、あらゆる意味で溜息しか出ない。
 レイズにしても福岡とは苦境の次元が違う。豊穣な経済基盤とサポートを持つが故に課せられる絶対的な勝利。ただ勝っただけでは許されない煉獄れんごくに籍を置く気概が、レイズに携わる総ての人達を貫き、重厚な風格を築き上げている。御飯事おままごとの運営でクラブとしてのていをなしてない、水溜まりで足をり溺れている雨蛙には、想像も出来ない高度で、レイズは天をく巨人と戦っている。エレーラのたえなる技も、レイズが背負う巨大な十字架も天の配剤。栄光を約束されたクラブにのみ許された試練だ。去年までこの二チームと同じカテゴリーで試合をしていた事すら、今ではもう信じられない。
 仕上げのシュート練習が始まり、青褪めた入相いりあいの空を突く照明塔に灯が点ると、国立の名に恥じぬワールドクラスのピッチが鮮烈なエメラルドに生まれ変わり、西日で塗り潰されていた電光掲示板に、対峙する二つのエンブレムが、エッジを立てて浮かび上がる。包み込む様な自然光とは趣きを異にした、整然と降り注ぐ無機質な燐光。暮れ果てる程に全身で感応する西が丘競技場。鏡の間を抜けて橋掛かり、浮き世から解かれ白州の間。天蓋の幕が揚がってひらかれた、ここは月の世界だ。夢の様だと言っても別に大袈裟じゃない。女子の場合、トップリーグと言えども照明塔の使用料が払えず、酷暑の最中、真っ昼間のキックオフを余儀なくされていた頃とは隔世の感がある。先週も福岡の二部の試合は、日除けのない炎天下の中、暴発する汗にまみれ、熱中症でドロドロに溶解した意識の中、ドラムを叩きながら声を張り、揺らめくボールの残像を追い掛けた。同じ女子サッカーでも、ここにはチンチンに焼けたベンチシートも、風雅の滅した歪んだ大気の欠片もない。汗の引いた肌に夜気が忍ぶスタンドから、シュートが決まる度に上がるゴール裏の掛け声に、薄れ掛けた酒精をくすぶらせ耳をゆだねていると、どっちがうつつで、どっちが幻か判らなくなる。タッチラインの白皙はくせきは眼に痛い程眩しく、アップに出てきた審判団のツイルブラックのユニフォームまでもが降り注ぐ蛍光を照り返し、選手達は銀幕の中を綺羅を振り撒き駆け抜けていく。女子サッカーのナイトゲーム程、光の尊さが身に染み入る事はない。ましてここは西が丘。この島国で天国に一番近いスタジアムだ。至高の舞台装置に五感が蒸留され、時が揮発していく。
 女学館の実働応援を初めて、周りが見える様になってから、ようやくこのスタジアムの素晴らしさに気が付いた。毎年、サッカーカレンダーが発表される度、女学館の次に西が丘のスケジュールをチェックし、足を運べる試合をカテゴリーに関係なくピックアップする。プロの試合だろうが、アマの試合だろうが、野郎の試合だろうが、女子の試合だろうが、ガキの試合だろうが、ジジイの試合だろうが、猿と犬の喧嘩だろうがお構いなし。ここは別格だ。国際規格のどんなメガスタジアムよりも、城北の外れにあるこのサッカー場は、好事家こうずかの寵愛を独占している。
 最寄り駅から徒歩10分足らずの良好なアクセス。コンパクトな造りで、余計な物が削ぎ落とされた清潔な設備と、フルシーズンフル稼働でありながら完璧なコンディションを維持するワールドクラスのピッチ。圧倒的な至近距離で試合を体感出来る、ラグビーのトライスペースをも廃した文字通りのサッカー場。活字にすると大方こんな具合のスタジアムガイドになるのだろうが、週末の午後このスタンドに満ちる贅沢な時間こそ西が丘の白眉であり、一般客がスタジアムに求める臨場感は、ここでは刺身のツマでしかない。宅地に紛れる様に建造された何の変哲もないグラウンドだ。メガスタジアムの纏う威容とは無縁の、これといった主張もなく佇むこの構造物は、鉄筋コンクリートの塊とは思えぬ程、安らかに弛緩している。ブラリと訪れて、肩肘張らず、広い空と芝の臭いに放心していれば良いニュートラルな空間。今日もスタジアムまで歩いて10分とかからない最寄り駅の本蓮沼からでなく、JRの東十条で降り、演芸場から十条銀座商店街へ道草を食い漂着した。ここでは人に揉まれて、息の詰まる試合なぞ端から観たいと思わない。空席の似合うスタジアムだ。スタンドを縦横に駆け抜け、立ち見席の手摺りで逆上がりをする子供達。スポーツ紙を頭から被ってシートに仰臥ぎょうがするオヤジ。スーパースターもスーパーゴールも最新の戦術理論も事件もドラマも奇蹟も必要ない。魂を天日干てんぴぼしにして、一週間のおりそそぎ、微睡まどろみに瞼を浸し、耳を澄ませば、後は頭を空っぽにして帰宅するだけ。そんな身の丈の止まり木が、今宵は胡粉ごふんを掃いて月にし、轟くチャントは桟敷の謡い、ピッチにあまねく天女のうたげ。華やかに着飾った西が丘の夜会は小癪な奴だ。何処どこをどう切り取っても絵になってしまう処が、湶さんに似ている。どんなに冷たくあしらわれても心を許してしまう。
 セカンドGKの頭上を強襲したシュートが、クロスバーを直撃して夜空に舞い上がった。軽く天を仰いでシュート練習の最後列へと戻っていくレイズの10番。パンパンに埋まったメインスタンドに眼路めじを返すと、日野さんのトークに聞き入るサッコちゃんの隣で、名門のエースナンバーを見詰める、湶さんの端正な横顔が蒼く燃えていた。
 
 「撫子なでしこつはものは、顔よき。」
 
 と言い切る湶さんはスタンドのお公家様くげさまだ。そのお眼鏡に適った光の君は、汗臭さを感じさせない涼しい痩貌そうぼうを微かに強張らせて、決定力という魔物と戦っている。今シーズン、開幕から決定機を外し続けた悩めるエースは、不振にあえぐチームのA級戦犯だ。格下の対戦相手にボールを支配はするものの先制点が奪えず、カウンターとセットプレーから失点と黒星の山を積み上げてきた。ゴールと言う花道から遠離とおざり、FWとしての岐路に立たされている貴公子が放つ、力みがちで硬質なシュート。
 そんなゴールマウスからうとまれ、悶え苦しむ紅きハムレットに、湶さんはゾッコンだ。若武者のさいなまれる姿を視姦する糖蜜の様な愉悦。冷徹な眼差しはシュートの正否に一喜一憂する事無く、終世のかたきを付け狙うかの如く、瞬きすら忘れ、唯、一点を射抜いている。
 
  「 裏切られると
 
 
       殺してやる
 
 
         とか
 
 
        言っちゃうのよね。 」
 
 
 伏し目がちに呪詛じゅそを吐く様も又、雅な人だ。思いが募る余り、スタンドとピッチを限る、腰丈にも満たないフェンスを飛び越え、日高川を渡る清姫きよひめの如く大蛇と化し、逃げ惑う夏木を焼き尽くしても、その蒼き焔に俺は看取れてしまうだろう。蛇道に転生しても美しい物は美しい。情に溺れて人をあやめても、絶望の余り川底に入滅しても華があるのだから、美人にはお手上げだ。
 
  「男にはフラれた事がないの。」
 
 と湶さんが発しても嫌味はない。寧ろ、流石言う事が違うなと痺れてしまう。五感の中で最も視覚の発達した人類は、視覚によって心を満たす生き物だ。しかも、健全で優良な遺伝子を継承する為に、健全で優良な肉体に発情するのは生命の根元だ。美しい肉体を造形を求めるのは、本能に裏打ちされている。
 美しく産まれるとある程度の努力が免除され優遇される。これは歴とした差別で迫害だ。美醜が貴賤や優劣、物事の善し悪しにまで直結する。美しいと言う事は残酷なのだ。唯、有りのままに輝いているだけで誰かを傷付ける。美しくない物を堂々と傷付ける位でなければ、本当に美しいとは言えない。それはこの世界が理不尽で残酷な証だ。宇宙を司る物理法則にとって不細工な奴の苦労なんて知った事じゃない。道理なんて人がでっち上げた方便の一つで、単なる気休めだ。不公平だからこそ、美しいという特権が成立する。人類が皆平等だったら湶さんは存在しない。人類が皆平等だったら他人と自己の区別もない。何もかもが均一でそれは無に等しい。平等なんて人間が作った言葉、戯言で文字の羅列でしかない。民主主義や共産主義、個人主義や合理主義、人権や少年法や体罰反対、言論の自由にジャーナリズム、集会の自由にLOVE & PEACEとジェンダーレス、精神分析や心理学と同様、不完全な人類の作った、欠陥だらけの不完全な考え方、無いよりはましな浅知恵で、全知全能の裁きを下す、魔法の杖なんかじゃない。
 容姿より内面をとうとぶのは、持たざる者のひがみで、此処が法廷だったら完全に偽証罪で欺瞞の極みだ。勝てない勝負を八百長呼ばわりしている暇があったら、勝てる勝負に人生をベットすれば良い。美しい物を讃えて何が悪い。綺麗な物を綺麗と言って何が悪い。醜い物なんて始めから言葉にも相手にもしない。そんなに美を崇拝する事が傲慢だというのなら、この星が生んだ総ての美を芸術を音楽を瓦礫の山にすれば良い。雪舟も、等伯も、淋派も、蕭白も、北斎も、国芳も、ボッティチェリも、ミケランジェロも、ルノワールも、モネも、ゴッホも、ヴァロットンも皆キャンプファイヤーにしてしまえ。序でに夜空に瞬く星屑も叩き落として、世界中の花と言う花を毟り取ってしまえ。この国の移ろう四季を愛でる機微も叩きのめして、万葉集も破り捨てろ。そして、あらゆる美の官能に不感症になれ。美しい物を見てビンビンに遡々そそつ竿と金玉を去勢しやがれ。良いか、例え其奴そいつまがい物の硝子の玉でも、キラキラは俺の心を照らすんだ。素晴らしいじゃねえか。湶さんがスペシャルワンである限り、この糞みたいな惑星も満更じゃねえ。
 夏木は今夜もシュートを外しまくって途中交代するだろう。失意の貴公子に湶さんは母性をくすぐられ、もし夏木のシュートがネットを揺らそうものなら、子宮の髄を撃ち抜かれる。どう転んでも夏木の総獲そうどり。俺みたいなモンゴロイドの吹き溜まりに、出る幕なんてない。フェンスとタッチラインで仕切られたピッチの上では、どんな落ち目のエースでも悲劇のヒーローだ。この七千平米強の聖域ではロバでも白馬に見えてくる。俺には夏木なんて、女に成り切れない女にしか見えないが、結局選手には敵わない。ピッチ練習を終えて選手達がロッカールームに引き上げていく。夏木がペットボトルを飲み干して投げ捨てた。夏木の足元に落ちたボトルが跳ね、湶さんの胸の内でぜる。夏木の受難劇に高鳴る鼓動。そこへ、
 
 
 「次の試合は何処よ?」
 湶さんの真剣な眼差しに塩爺の濁声だみごえが被さってきた。
 「内は愛媛。」
 「アウェイか?」
 「まあね。」
 「行くんだろ?」
 「俺の代わりにやってくれる奴が居るんなら、こうしてゆっくり休んでいたいけどね。」
 「お前がスタンドにいなかったら、選手が便所の中まで探しに来るぞ。どうやって行くんだ。流石に愛媛じゃ夜行バスとかだと大変だろ?」
 塩爺の細めた瞳が目尻の皺に呑まれ、隣で微笑んでいるママのココマークがキラリと光った。
 「愛媛なんてイスタンブールのチョイ手前だろ。俺くらいビッグになると、この星が倍の直径でも狭過ぎるぜ。」
 松山空港からJRの特急で三時間も掛かる宇和島が来週の現場だ。飛行機とホテルは押さえてある。スタジアムや最寄り駅、前乗りするホテルとその周辺の下調べは付いていて、宇和島城を中心に栄えたと言う、過去形の城下町だ。名物に闘牛、鯛飯、養殖水産物があり、中でも真珠と鯛は日本で一、二を争う産地だった。しかし、今現在はその総てが衰退し全盛期の面影はなく、人口の流出に歯止めが掛からない、何処にでもある黄昏の地方都市だ。グーグルマップで宇和島駅周辺を散策しても、クリックする度に切り替わる静止画の中で、時代の流れまでもが静止していた。国の重要文化財で街のシンボルでもある宇和島城以外に求心力のある観光資源は乏しく。そのお膝元にひらけた商店街も廃業した商店が軒を連ねているらしく、将来的には老朽化した大型アーケードの維持すら覚束ぬ事になるのだろう。隆盛を極めた80年代の遺産を切り崩して迎える、緩慢な死。リアス式海岸の狭間に貼り付き、引き潮にくるぶしを浸して立ち尽くす、海と山しかない街だ。
 アウェイの遠征、その大半は疲弊した地方都市を巡る旅だ。例え政令指定都市を冠していても、現地を訪れた実感として、半数以上は衰退の無限ループを周回している。空きテナントや幽霊ビルを養生ようじょうし、空元気の再開発で無理矢理、繁華街を取りつくろってるだけの駅前を幾つも見てきた。老廃物と血栓で詰まった毛細血管の様にとどこおった人の流れと、手入れが行き届かずそこかしこに綻びが目立つ街路が、市街地のど真ん中にグッタリと横たわっていて当たり前。それがプロの興行でない女子の、それも二部の試合ともなれば、地方都市のその復た更に奥にひそむ、取り残された地域に足を踏み入れる事になる。無人駅からスタートするスタジアムもうで。タクシーの車窓を擦過する、緑に呑まれ土に帰る廃屋、廃道、休耕地。千切れた首の皮を何度も縫い直した、ブツ切りのインフラ。運行してるのかどうかも定かでないバス停の脇にうずくまる、赤茶けた昭和の残骸。宇和島なんて未だ増しな方だ。自治機能が及ばぬ、沈思にした風景を見捨てて、先を急ぐ、およそ旅とは呼べぬその行程。住み慣れた東京との落差にも軽い優越を覚え、そんな場末の現場にまで分け入る事が、女子サッカーを追い掛ける矜持の一つでもあった。
 だからこそ、先月の福岡の遠征はショックだった。福岡空港から地下鉄を乗り継ぎ降り立った博多駅のロータリー。そこで俺を待っていたのは、絶世を謳歌する瑞々みずみずしい新興都市だった。当日は博多祇園山笠の真っ直中で、博多駅の正面玄関にも飾り山が建ち、街が一年で最も賑わう時期だとは言え、その熱気を差し引いても、街の基礎体温が余所とは全く違った。眼に映る総ての物が堅調に新陳代謝を繰り返し、頽廃の翳る余地どころか、裏も表もない自らの力で、西が丘のピッチの様に発色していた。住吉通を行き交う小気味良い車の流れ、立ち並ぶ中層階のビルは、街の地熱を呼吸して夏空へと放ち、伸び伸びと生い茂る街路樹の間を、軽やかに前へ前へと進む人々の足並みが、この街を未来へと導いていた。駅前を駆け抜ける旺盛な瑞気ずいきに、一瞬其処が福岡だと判らなかった。初夏の陽射しを華やかに纏って現れた故郷は、街の鮮度に関して言えば、東京すらも凌駕していた。街が空に伸びていくだけで、其処に暮らす人々を置き去りにしている東京にはない何かが在った。
 ホテルに荷物を置いて、中州、天神と繰り出せば、仁和加にわかの御飾りや小唄を鏤めた沿道やアーケードに、飲食店から奔放で濃厚な豚骨スープや串焼きの臭いが流れ込み、交錯する喧噪も、東京の複雑で不協和な擦過音ではなく、随喜を帯びた大らかな息吹に溢れ、この街固有の文化とアイデンティティが咲き誇り、路肩の植え込みの中、自販機の裏側、タクシーの運ちゃんの肩口、何処をどう嗅ぎ廻っても不安の欠片すらなく、圧倒的な自信で漲っている。
 人口増加率で全国一を堅守する、若者達を惹き付けて放さない、都市機能と住環境と豊かな自然が混在するコンパクトシティ。街並みと新緑と大海原が、最高の立地で小さな箱の中に快適に集約されているその様は、西が丘に通じる処がある。全国の政令指定都市の中で、家賃や物価の安さもトップクラス。地産の農作物と魚介類も折り紙付きで、安くて美味い店しか存在しない、全国屈指のグルメタウン。都市部に空港が隣接している上に、格安航空の乱立で首都圏との地理的デメリットが霧散。自然災害のリスクが比較的低い事から、優良企業の本社移転が進み、若い人的資源の流入と共に加速するIT都市。見て見ぬ振りを決め込んでも、耳を突く「地方都市の勝ち組」と言う風聞ふうぶん。一昔前は「アジアの玄関口」と言ったキャッチコピーで、国際都市を血眼ちまなこでアピールしていたが、今はもうそんな事を喚く必要もない。そこには再生しなければならない農村や市街地もなければ、創生しなければならない地域産業もない。国の補助金に頼った予算事業で、所得の再配をする必要もなければ、街の個性とか言う漠然とした抽象概念を捻り出し、具現化する必要もない。この眼で見るまで信じられなかったが、今の福岡は本物だった。九州と言う猿山で、大将風を吹かしてるだけの田舎侍と見下していたその街は、アーケードの屋根をいてそびえる飾り山の如く、背伸びをして張り合う気にすらなれぬ程、逞しく成長していた。懐かしさに甘える事すらかなわない。この街を飛び出し、見捨てた間違いを認めろと、飾り山の最上段で大見得おおみえを切る武者人形。その燃え盛る隈取くまどりを、俺は地邊田ぢべたから見上げる事しか出来なかった。
 
 
 
 
 「宇和島かあ、良い処なんだろうなあ。」
 塩爺が節くれ立った指を揉みながら呟いた。
 「どうせ、海と山しかない処でしょ。」
 「良いじゃない。お前んとこの田舎もそうだろ。確か自然の中で暮らしたいって人が、沢山移住してるって聞いたぞ。」
 「町がバラ撒いてるパンフには、フォトショップとかで弄った夕焼けの写真とかが載ってるだけで、牛がどんだけ臭えのかとか、一晩中何百匹も牛蛙が鳴いてて眠れねえとか、網戸にびっしりツマグロヨコバイが張り付いてて、それを掌よりデカい蜘蛛とかヤモリががパクついてるとか、軽トラに猪が突っ込んでくるとか、箱に詰めたミカンとか芋を持って、近所の婆が勝手に人の家に上がり込んでくるとか、町会の同調圧力の縛りが矢鱈やたらきついとかは書いてないんでしょ。」
 「そう言うのが全部懐かしいんじゃないのかよ。先月の福岡の遠征の時、田舎の方にも寄ったんだろ。」
 「あんな成人式にバンジージャンプやる様な処に行く位なら、神栖かみすのゴール裏にレイズのユニ着て飛び込んだが増しッスよ。」
 「ハハッ、益々ますますムキになるなあ。」
 塩爺の剥き出した歯茎がガラガラと、崖っ淵の自尊心に上がり込んでくる。
 
 
 「あげなとこは遠足でも行かんばい。」
 
 「糸島は税金を米で払いよっちゃろ。」
 
 「瑞梅寺から向こうは、佐賀。」
 
 「糸島のテレビの電波は釜山プサン経由やけんね。」
 
 
 福岡市内の連中に揶揄やゆされていた実家のある糸島も、今や福岡が誇るリゾートタウンとして、好況のお零れに与っていると言う。福岡の都心部に三十分の通勤圏内でありながら、大らかな自然に囲まれた住環境が見直され、肥沃ひよくな大地で育った味の濃い糸島野菜は今やブランド化し、県外からも買い物客が殺到。JAの直産市場や道の駅は全国でも屈指の売り上げを叩き出し、対馬の暖流と大陸棚が生み出す豊かな漁場に恵まれた糸島の港では、値札を書き間違えたのではないかと見紛う、激安と鮮度を兼ね備えた海産物が直売所に並び、二見ヶ浦周辺は絶景の夕陽に、絶好のサーフポイントとして名を馳せ、海岸沿いには小洒落たカフェやバル、牡蠣小屋が、下水管に群がる便所コオロギの如く湧き出し、国内有数の野外音楽フェスやら何ちゃらも定着して、月に一度打ち合わせで東京に出向く以外は在宅勤務で、後は糸島の食と自然を満喫するとか、脱サラしてオーガニック野菜の栽培がどうとか、自然と融和した芸術活動で何ちゃらかんちゃら、とか言った、トレンドの発信地になっているらしい。
 因果な物だ。既に福岡で産まれ育った時間を越えた東京暮らし。何も積み上げる事が出来なかった年月を尻目に、福岡市内ならまだしも、糸島までもが持てはやされる時代がやってくるなんて。何をやっても上手く行かないのを、周りの人間や、ひなびた海と里山しかない所為せいにして、息苦しくて、辛気くさくて、何の変化もチャンスもない処だと、散々さんざんッぱら悪態を吐き飛び出したあの頃の苛立ちも、今となっては、ポケットの中のレシートの様にクシャクシャで、何と書いてあったのか読み取る事すら出来ない。失った物の大きさを誤魔化ごまかす術もなく、「やっぱ福岡の方が良かったわ。」等と、ヘラヘラしながら帰れない今が転がっているだけ。
 そんなねじけ者が地元福岡の応援で全国を廻っているのだから、本当に良い面の皮だ。地域密着、地域貢献を謳うサッカーの最前線にいて、生まれ育った街がブラジルよりも遠い存在なのだから、自己欺瞞って奴は素面しらふじゃ出来ない。先月の遠征の時にも瑞梅寺川をまたぐ処か、福岡に来た事すら実家に知らせず帰京した。俺の現在地にとって都合の悪い場所でしかない福岡を応援する。整合性なんて始めからない。全国を廻っているのは幸せの青い鳥を探す為じゃない。そんな物は図書館で借りて読めば十分だ。
 そもそも、今が盛りの福岡をサッカーで盛り上げる何て、満員札止めの劇場の前で呼び込みを遣ってる様な物だ。悔しいが福岡は余所の疲弊した地方都市とは決定的に違った。サッカーの遠征で飛び回っているのだから、当然何処に行ってもサッカーが地域振興の担い手として幅を利かせているのを見てきた。Jのクラブが誕生した事で、街に人々が集う場所が出来、砂漠に水を撒く様な予算事業では得られない効果を上げているのも、試合会場の盛り上がりで体感してきた。スポーツを通して地域が活気に溢れ、 豊かな社会形成に寄与すると言う、日本サッカーの理念に、スポーツの存在意義に触れた気になっていた。先月の遠征で博多駅を降り立つまでは。
 スポーツでの地域振興なんておのずと限界がある。冷めたスープに胡麻を振って湯気が立つのなら、誰も苦労はしない。疲弊した地方都市が本当に必要としているのは、サッカーや郷土愛という精神的モニュメントではなく、実業という物理的な大黒柱だ。人も企業も金も集まる今の福岡は遣れる事が幾らでもある。サッカーにうつつを抜かす必要がない。寧ろ福岡の場合、サッカーの方が街の好況にぶら下がっていながら、それに見合った成績を出せずにいるのが現状だ。
 
 
 
 「来週が楽しみだな。」
 塩爺の言葉は重く、生返事でお茶を濁す事が出来ない。Jの後ろ盾がある愛媛に女学館が勝てるのは、恐らく次が最後だろう。同じ海と山しかない町でありながら、宇和島と糸島を隔てる明暗のコントラストは、クラブレベルでは反転する。Jの理念が霞む程の福岡の隆盛とは裏腹に、衰退の無限ループを周回する女学館。勢いだけで福岡から飛び出してきたと言う事に関しては、俺と女学館は似たもの同士だが、見捨てた町が持てはやされ、応援しているクラブが虫の息なのだから、俺はさながら疫病神だ。
 場内アナウンスが両チームの選手を紹介し始める。運営側の手違いで、辞任したレイズの前監督の名前が読み上げられ、一瞬場内が騒然とした。悪気がある訳じゃないのだろうが間が悪く、誤報が訂正される事もない儘、選手入場を待つ無人のピッチに、レイズサポの苛立ちがチリチリと伝染していく。
 「ったく彼奴等、話になんなくて参ったよ。」
 コンコースの声に振り返ると、エレーラサポの岩井さんが手摺りに肘を着いて寄り掛かっている。なでしこサポの纏め役で、笑顔を絶やさぬ布袋様の何時になく険しい語気。選手入場の準備がある筈なのに、持ち場を離れてボヤいているのだから、開門前から引き擦るゴタゴタには何かある。塩爺とママに聞かせられない話だとまずい。席を立ち、ホーム側の喫煙所へ歩きながら話を促すと、
 「先週、レイズのトップのサポが日本平で揉めたじゃん。それで今度は、女子の試合でもレイズが何かやらかすんじゃないかって、話になったらしくてさあ。」
 「じゃあ、いきなり鳴り物が駄目になったのも。」
 「そう、ドラム取り上げれば大人しくなるとでも思ったんじゃないの。馬鹿だから。何で却って揉めるとか判らないのかねえ。ホラ、バックスタンドの虎ワイヤーで区画してる処あるじゃん。あれ緩衝地帯のつもりらしいよ。彼奴あいつら俺達の横の繋がりとか全然判ってねえからさあ。俺等が摑み合いの喧嘩とかする訳無いじゃん。試合終わったら皆で呑みに行ったりしてんのに。良く見たらレイズのクラブスタッフとかもやたら下に来てんだよ。リーグからゴール裏見張ってろとか言われたか何か知らないけど。だったら前もって上から厳戒令が出てるとか、俺達の処に言ってくれりゃあ良いんだよ。そうしたらそんな心配ないって説明すんのに。それを当日の開門直前にガタガタ言われたら、火のない所でも煙が立つぜ。」
 喫煙所へと降りていく階段に腰掛けた岩井さんの隣に座り、設置された灰皿の廻りで明滅する火影ほかげに眼を凝らす。呆れ果てて、溜息も罵辞ばじの一つも出てこない。岩井さんの言う通り、臭い物に蓋をする事しか考えてないリーグとクラブの対応は、ピンからキリまで的が外れている。なでしこのサポにやんちゃ目的で来てる奴なんて、耳掻き一匙ほどすらいない。それなのにゴール裏から鳴り物を取り上げるのは、蠅を叩いて虎を起こすのと同じ事。そんな事をしても噛み付かれないと思っているのだから、御目出度おめでたいと言うしかない。それもあんな下手な嘘を吐いてまで。とどまり、連中にとってゴール裏は、対話の対象からはからは程遠い、理解不能で厄介な存在でしかないのだ。
 「それでさあ、鷲尾さんがエレーラのスタッフに鳴り物NGでお願いしますって言われて、判りましたって返事しちゃったらしいんだよ。」
 鷲尾さんがクラブの意向を汲み、折れる所は折れ、丸く収める気遣いの人で、そこが鷲尾さんの良い所なのは岩井さんも良く判っているのだが、鳴り物に命を掛けている河瀬君と、捏造ページを押さえた藤井君がチンチンに熱くなっている上に、イックンも大人しく「ハイ、そうですか。」と言うタイプじゃない。日没で人のけた隣のテニスコートが、喫煙所の煙で霞むのを見詰めながら、岩井さんが声を落とした。
 「開門直前になって鳴り物禁止とか、トップの試合だったら口が裂けても言えない筈だぜ。どんな騒ぎになるか、そんなの考えりゃ直ぐ判んだろ。それを試合当日に一寸ちょっと言っときゃあ事足りるとか、適当な嘘で誤魔化せるとか思われてるのは、ヤッパ、俺達、軽く見られてんのかなあ。女の尻追っ掛けてるだけのキモオタとは訳が違うのに。幾ら今年、内のスタッフが総入れ替えで、未だ勝手が良く判ってないとか言ったって、やって良い事と悪い事があるぜ。リーグの顔色ばかり窺いやがって。兎に角、こんな舐めた真似されて黙ってたんじゃ、下の連中にも示しが付かない。」
 スタンドの気配から落ち着きがなくなり、吸い差しを揉み消して足早に喫煙所を後にする人達が、俺と岩井さんの横を駆け上がっていく。腕時計に岩井さんが眼を落とした。キックオフ5分前。これから試合が始まるという高揚感はなく、ザラついた手触りの固形物が鳩尾みぞおちつかえている。時計に落としていた岩井さんの瞳が夜空を仰ぐと、そこには十三夜の月が張り付いていた。
 「向こうが居る訳のない狼が出たって騒ぐんなら、お望み通り化けて出てやるしかねえぜ。」
 節が廻り、堂に入った岩井さんの生き生きとした台詞を盛り上げる様に、背後からFIFAのアンセムが聞こえてきた。腰掛けた打ちっ放しの階段が震動し、スタンドの発熱が尾骨に伝導する。選手入場がアナウンスされると、場所を異にする渾身のマレットが二本、満を持したドラムヘッドに炸裂し、一打ごとに怒気を発散しながら両クラブのチームコールをリードし始めた。コンコースに出て確かめなくても誰が叩いているのか音で判る。手前のホームゴール裏で跳ねっ返りの強いミッドタムはイックン。アウェイゴール裏であるにも拘わらず距離を感じさせない、ドスの利いたバスドラ紛いのフロアタムは河瀬君だ。この二人以外有り得ない。初めッから判っていた。特に河瀬君はドラムの出番がないからと、喫煙所で線香を焚いてる様な玉じゃない。
 「ここしばらく、クラブともリーグともなあなあで、お互いネジが緩んでた処だから、これ位やって丁度良いや。じゃあ俺、そろそろ持ち場に戻るわ。」
 手筈通りに事が運んで、階段を駆け上がる岩井さんの頬は緩んでいた。無人の喫煙所に漂う微かな紫煙と残り香が、ドラムの音圧で一打毎に拡散していく。鳴り物なしだったアップの時とは明らかにコールのノリが違う。特に河瀬君のふるうマレットは、一撃でスタジアムを呼び覚ます力がある。イックンは鷲尾さんに止めろと言われても、素知らぬ顔で叩いているのだろう。これで運営責任者の面子は丸潰れ。マッチコミッショナーに問い詰められ、平謝りに謝り、警備に電光石火の動員を掛ける筈だ。両ゴール裏のチームコールが、それぞれチャントに切り替わった。ピッチを挟んで相対するリードドラムが先を争う様に回転数を上げていく。
 金を払って入場し、リーグとクラブとスタジアムが認める範囲の中でやっている事とは言え、本来スタンドで鳴り物を使用したり、横断幕を掲示したりするのは客の越権行為だ。プロ野球の場合、応援団はほぼ登録制で球団が管理している。それに対してサッカーの試合は応援の自由度が高く、誰もが主体的に行動出来るのが大きな魅力だ。しかし、その解放区が何時しか独り歩きを始め、治外法権をいてクラブの統制を拒絶して神聖化し、クラブの勝利の為に試合を盛り上げ、選手の士気を挙げると言う大義を隠れみのに、族の集会と同じノリで様々な暴走が横行し、果ては内紛と分裂を繰り返してきた。たちの悪い常連客が居座って、新規の客を追っ払う居酒屋の様に、コアサポがライト層を閉め出して、動員の足を引っ張っている事もザラ。ゴール裏の肥大化したエゴは得てして、クラブを支えるのではなく、クラブの足枷あしかせになっている。
 勿論、ゴール裏のチケットを暴力の免許証と勘違いし、ちんけな私生活の憂さ晴らしや、いびつな虚栄心を満たす為の、勝手な自己表現の場として私物化しているのは、本の一握りの者達だ。そして、その一握りの中に、今や自分も握り込まれている。女学館の応援を初めて交友の輪が広がり、仲間内での役割が大きくなっていけばいく程、手を汚す事も増えてきた。どんなに俺は違うと吠えた所で、飼い犬も野良犬も鳴き声は同じだ。この期に及んで優等生面なんて虫の良い話しだ。Jのゴール裏と較べたら、運営を無視してドラムを叩く何て可愛いもんだ。今日の騒ぎにしたってJのウルトラスのとばっちり。そう割り切ってしまえば良いのに、喫煙所の闇が代弁する内なる声に、俺は耳を澄まして立ち尽くしていた。
 不意にエレーラ側のドラムが止んだ。階段を駆け上がってコンコースへ出ると、ドラムを取り上げられたイックンが、警備二人に両脇を抱えられて歩いていた。これと言った抵抗もせず、事務室に降りていく出入り口の前で俺に気付くと、軽くウィンクをして奥に引っ張られていった。時を待たずにレイズのドラムも鳴りを潜め、両ゴール裏は手拍子と声のみでサポートを継続していく。
 事務所に連れこんでも、ホームページを改竄した弱みを握られているのだ、河瀬君とイックンをマッチコミッショナーに接触させる訳にはいかない。運営責任者は二人をどう料理するつもりなのか。鳴り物のない応援が淡々と時を刻んでいる。ピッチでボールを追う選手達は、試合に入り込んでいて鳴り物が止んだ事になぞ気にも留めてない。
 塩爺達の処に戻っても気持ちは明後日に飛んでいた。降り注ぐ光の中、直ぐ眼の前のピッチで繰り広げられている選手達のプレーがやたら遠くに見え、試合展開や戦術を俯瞰する事もなく、球際の心技体がしのぎを削る局面だけを、機械的に追跡していた。前半30分に、CKのボールが直接GKの頭を越えてネットインしてしまったレイズの先制弾も、狙いとはズレたボールに照れながら、チームメイトから手洗い祝福を受ける左SBの笑顔も、右から左へと擦り抜けていく。前半終了のホイッスルも、トイレや売店に向かう緩慢な人の流れも、ベンチメンバーのピッチ練習も、交代する選手のチェックをする第四審判の筋の通った所作も、後半のキックオフも、勝手に切り替わる静止画の連続で、ゴール裏の熱狂も俺の空疎な心象も、奥行きのない一枚の絵となって立て掛けてあるだけで、片付けるのを忘れた道路工事の看板でしかなかった。そのベッコベコで擦り傷だらけのブリキの板こそ俺の人生だ。俺は自分の人生を傍観している。

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